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騒動
その日、店は急遽の暇を貰い、屋敷の誰もがリンの着物を探し回ったが、一向に見つかる気配はなかった。
「聞いたかい?大通りの狗井屋さんが暫く店を閉めるってよ!」
「何でも盗人が入って、リンちゃんの大事な着物が盗まれたんだとよ!」
町外れの茶屋にて団子を呑気に食みながら、慎太郎はそんな噂話に耳を傾けた。
町内でもリンは人気者で、誰もが屋敷で起きた物取り騒ぎにご執心。
そんなざわめきが慎太郎には面白くなかった。
(ボロくらいで大袈裟な…)
そう呆れながら思うのは、彼自身が盗人本人である故だった。
いつも笑顔で屋敷中から愛されるリンの存在は悪評だらけの慎太郎の立場を更に悪くし、近頃、両親はリンを養子にしようとさえ考えている。
呉服屋の跡取りという立場をも揺るがし始めた彼女に対する、慎太郎の細やかな嫌がらせだった。
「狗井の旦那によれば明日にも岡っ引きが盗人探しに乗り出すってよ…!」
「そりゃ本腰入れて来たな…」
そんな話し声に思わず背筋が凍った。
――このままでは本物の盗人として御用になってしまう。
慎太郎は足が付く前に着物の始末をしようと家路を急ぎ、己の寝所に駆け込むや仕舞い込んでいたリンの着物を引っ張り出した。
――そうだ、いっそ燃やしてしまおう。
そう思い立って庭先へと駆け出す。
瞬間、またも脱走していた雪丸が現れ、強烈な喚き声を上げた。
まるで盗人を見つけたとばかりの鳴き方に、彼は逃げ出すように屋敷の外れにある畑へ。
丁度、野焼きをしていた丁稚を押し退け、着物を投げ込まんと炎へと振り被った。
「止めてぇっ!」
その声に目を向ければ、怒り狂った奉公人と泣き喚くリンがやってくる。
慎太郎は笑みを浮かべ、悪意を持って着物を放った。
その途端だった。
爆ぜるように炎が荒ぶり、慄く慎太郎の眼前で着物が化生のように舞い踊る。
駆け寄ったリンは、身の危険も厭わず燃え上がる炎の中へと飛び込み、着物を抱き締めるや布を炙る火を消し止めんと古井戸へと飛び込んだ。
その光景には誰もが絶句した。
途端に皆が駆け寄り、井戸に落ちた彼女を助け出さんと怒号を上げる。
慎太郎はそれで漸く己のしたことの恐ろしさに気が付いた。
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