タヌキのおしごと

1/1
前へ
/1ページ
次へ
ある日、新聞やテレビ、ネットにラジオ、ありとあらゆるニュース上に、とある小さな記事が載った。 《角のあるタヌキ、見つかる! 新種か?》 《見間違い? 新種? 角ありタヌキの謎に迫る!》 「ハナエはどっちだと思う?」 親友のユアに投げかけられて、私は「見間違いじゃない?」と答えた。 「ツチノコだって、クッシーだって、見間違いの可能性が高いんでしょ? きっと、頭に枝でもくっつけて走ってたタヌキだよー」 「あはは、タヌキ、やりそうー」 「でしょー?」 女の子、特に、思春期の頃は、箸が転がっても可笑しいし、話はすぐにどこかへ飛んでいってしまう。角ありタヌキの話題も、比較的すぐに吹き飛んで、後は、美味しかったコンビニスイーツの話だとか、推しの話だとかが続く。 「あ、ごめんハナエ、そろそろ門限だから帰るね!」 「うん、また明日ねー!」 夜に差し掛かったファストフード店で、ユアと私は別れた。 「……ねえ、ひとり?」 ファストフード店の新作メニューを平らげて、店を出る。少しばかりネオンが賑やかな通りを歩いていれば、中年に差し掛かりかけた男が声をかけてきた。 「ひとりだよ」 「フェイク?」 「現役でーす。お高いよ?」 「良いねぇ」 単語に近い短文をやり取りしながら、男と私の距離は近付いていく。しまいには、男が腰を抱く格好になった。――それは、暗黙の了解の形。いわゆる、春を売る契約。 自然な流れでホテル街へ足を向ける。適当な部屋に入って、数十分。 「……うっわ、金、入ってねぇじゃん……」 男物の財布を咥えて、路地裏に飛び込んだタヌキは、中身を検分して、落胆の声を上げた。 「むかつくー」 言いながら、その形が人のものに戻る。財布から紙幣と小銭だけを抜き取って、後は、外に置かれている、飲食店のゴミ箱へ。ちなみに、私を誘った男は、今頃ホテルの一室で、全裸のまま床に転がって、お望みの夢を見ている事だろう。 (しかし、この前は失敗したなぁ……) 角のあるタヌキ、あれは私。今日と同じようにして財布を奪い、逃走する際の変化に失敗したのだ。直前に読んでいた、ドラゴンが活躍するマンガの影響が出てしまった。 (だって、人間の暮らしって、すっごくお金がかかるんだもん) 人間世界には、美味しいものや楽しい事、綺麗な物や便利な物が沢山あって、追いかけても追いかけてもキリがない。でも、それらに憧れて人間の振りをしているので、不満はない。 (あ。帰りに推しの新曲、買って帰ろ……) 私が山に帰る予定は、今の所ない。 20231104 鳥鳴コヱス
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加