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ある日、新聞やテレビ、ネットにラジオ、ありとあらゆるニュース上に、とある小さな記事が載った。
《角のあるタヌキ、見つかる! 新種か?》
《見間違い? 新種? 角ありタヌキの謎に迫る!》
「ハナエはどっちだと思う?」
親友のユアに投げかけられて、私は「見間違いじゃない?」と答えた。
「ツチノコだって、クッシーだって、見間違いの可能性が高いんでしょ? きっと、頭に枝でもくっつけて走ってたタヌキだよー」
「あはは、タヌキ、やりそうー」
「でしょー?」
女の子、特に、思春期の頃は、箸が転がっても可笑しいし、話はすぐにどこかへ飛んでいってしまう。角ありタヌキの話題も、比較的すぐに吹き飛んで、後は、美味しかったコンビニスイーツの話だとか、推しの話だとかが続く。
「あ、ごめんハナエ、そろそろ門限だから帰るね!」
「うん、また明日ねー!」
夜に差し掛かったファストフード店で、ユアと私は別れた。
「……ねえ、ひとり?」
ファストフード店の新作メニューを平らげて、店を出る。少しばかりネオンが賑やかな通りを歩いていれば、中年に差し掛かりかけた男が声をかけてきた。
「ひとりだよ」
「フェイク?」
「現役でーす。お高いよ?」
「良いねぇ」
単語に近い短文をやり取りしながら、男と私の距離は近付いていく。しまいには、男が腰を抱く格好になった。――それは、暗黙の了解の形。いわゆる、春を売る契約。
自然な流れでホテル街へ足を向ける。適当な部屋に入って、数十分。
「……うっわ、金、入ってねぇじゃん……」
男物の財布を咥えて、路地裏に飛び込んだタヌキは、中身を検分して、落胆の声を上げた。
「むかつくー」
言いながら、その形が人のものに戻る。財布から紙幣と小銭だけを抜き取って、後は、外に置かれている、飲食店のゴミ箱へ。ちなみに、私を誘った男は、今頃ホテルの一室で、全裸のまま床に転がって、お望みの夢を見ている事だろう。
(しかし、この前は失敗したなぁ……)
角のあるタヌキ、あれは私。今日と同じようにして財布を奪い、逃走する際の変化に失敗したのだ。直前に読んでいた、ドラゴンが活躍するマンガの影響が出てしまった。
(だって、人間の暮らしって、すっごくお金がかかるんだもん)
人間世界には、美味しいものや楽しい事、綺麗な物や便利な物が沢山あって、追いかけても追いかけてもキリがない。でも、それらに憧れて人間の振りをしているので、不満はない。
(あ。帰りに推しの新曲、買って帰ろ……)
私が山に帰る予定は、今の所ない。
20231104
鳥鳴コヱス
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