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「どうだい、おいらの化けっぷりは!こりゃあどっからどう見ても人だろう」
「ほおー!こりゃあ狸か人か、一目じゃあ見分けがつかない、こいつは大したもんだなぁ!」
狸というのは、色々なものに化けられるとは言いますけれども、特にこの子狸は人に化けるのがそれはもう得意でして、いま化けたのは、歳は二十ぐらいの若男、それが仲間内の狸でもそうして見分けがつかないんですから、その子狸の化けっぷりと言えばもう上手いのなんのって。
そんな化け達者な子狸ですから、煽てられるとついつい調子に乗って、町までひとつ人を化かしに行ってみようかと、こうなります。
「さぁて、どんなことをして人を化かそうか。今のおいらはどっからどう見ても人だ。まさか狸だとは誰も思うまい。ただ、そうは言ってもなぁ、人を化かすってのは、いったいどうすりゃいいんだろうなぁ?」
人を化かそうと山を下りた子狸がそんな調子なもんですから、町に着けども往来を又に下がったものと一緒にぶらぶらとするしかないわけでして、何を化かすということもしないまま、そうして町をぶらぶら歩いていますと、急にぱんと弾けたような声が子狸の耳に飛び込みます。
「さぁさぁ、皆さんお立ち合い!これからお見せしますは、そんじょそこらじゃ滅多にお目にかかれない、あっと驚くような芸の数々!これに思わず見事と唱えたものなら、頂きますは喝采に銭!」
その声の方へぐるりと顔を向けますと、そこに居たのは、なんとも傾いた着物を着た数人の男衆、耳は鳴るわ目は引くわで、なんだなんだと往来の人間と一緒に、子狸もそこへと駆け寄ります。
「さぁ、寄ってらっしゃい!今からこの傘に賽を三つ乗せまして、くるくると回し、ピン(1の目)を揃える芸にございます!」
「おお!あの小さな賽を三つ傘に乗せて、くるくる回して、ピンを揃えると、うんうん、うんうん、うんうん、おー!本当にピンが揃った!」
「こんなもんじゃあない、お次は口から火を吹く男だ!さぁ、今度は下がって下がって!」
「口から火だって?そいつはすごい、どれどれ、おおー!本当に火を吹く男がいるのか!いやぁ、こりゃあすごい!」
こいつは所謂、見世物屋というもんでして、これがあまりにも見事なもんですから、子狸は人を化かすのも忘れて暫くそれに見入っていますと、ふと、あの男衆らはまさか自分と同じ狸か狐なんじゃねぇか?と、こう思い始めます。
「怪しいなぁ、だけど、おいらより人に上手く化けれる狸や狐なんてのはそうそういやしない。だから、あれはきっと人で、芸には何か種か仕掛けがあるんだろうなぁ」
山の狸の中でも、一目で狸だとはわからないほどに、上手く人に化けられるのは自分ぐらいなもんですから、子狸は安心しきって、そんなことよりも見世物屋の男衆の前に置かれた籠に目が行きまして、
「いやぁ、見事見事!」
と、見物人たちが各々そう言ってはその籠を目掛けてチャリンと小銭を投げ、言っては小銭を投げとそうしているので、こりゃあいったいどういう訳だと子狸は首を傾げます。
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