化け落語

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 噺家(はなしか)(落語家)なんてのは、町じゃ普通は目にしませんので、子狸にしてみれば、綺麗な羽織を着た人間が立ち台で座布団の上にちょんと座り、なにやら急に世間話でも始めた様にでも見えたんじゃあないでしょうか。  開口一番に始まった最初の演目と二つ目はぽかんとして聞いてた子狸も、そこまでくれば、ああ、ここは団子屋じゃなくて(はなし)を聞く所かと、ようやく理解もするもんで、  それなら次はと、子狸が今度は聞き耳をピンと立てていますと、転がるような出囃子の太鼓の音色が寄席の場に鳴り渡ります。  そうして、高座の上にすーっと足音も立てずに出て来たのが今日の演目三番目、綺麗な羽織りに綺麗な顔立ち。言いえて妙な二枚目です。  こんな狸でも、人の綺麗や汚いが分かるもんでして、このえらく男前な噺家に初めは同じ雄としてどこか鼻につくといった様子の子狸でしたが、この噺家の噺をよおく聞いてみると、これがまあなんとも面白いこと面白いこと。  最初の演目と二つ目がすっと終わりはしましたけれども、三番目の演目は『権助提灯(ごんすけちょうちん)』という、言ってみたら人が馬鹿やる話ですから、子狸はゲラゲラと笑ってそれを聞きます。  「いやぁ、こいつは面白い!寄席ってのは楽しいもんだなぁ。団子は出てこねぇが、これなら銭を払った甲斐があったってもんだ」  子狸がそんなことを思っている内に、寄席はテンテンバラバラと太鼓の音で終わりまして、日も暮れて夜となった町の通りを満足げな顔をした子狸が、  小銭の入った巾着袋を指に掛けてぶんぶんと振り回しながらそうして歩いていますと、突然、暗い通りの影からはぬっと一人の男が出て来て「待ちな」と行く手を阻みます。  「ん?なんですか、あんたは?」  見ると、その男は綺麗な羽織りに綺麗な顔立ち。なんと、先刻の寄席で見たあの三番目の二枚目。そいつは寄席の高座に座っていたさっきの噺家の男でして、これに子狸がえらく驚きます。  「あー!あんたはさっきの!あそこの、ああ、そうだ、寄席ってな所で面白い噺をしていた人じゃあないですか。そんなあんたが、おいらになんか用でもあるんで?」  その噺家の男は、子狸をなんだか舐めるみたいにじろじろと見るばかりでして、返事の一つも返しません。こいつは埒が明かないと、子狸が噺家の男をこんな風に捲し立てます。  「ちょっとちょっと!あんた、おいらは何か用があるのかって聞いてんですよ!まったく、口があんなら、うんとかすんとかでも言ったらどうです!」  そうすると、噺家の男がこう言います。  「ふむ」  「いや、ふむじゃなくて」  「なるほど」  「いやいや、なるほどでもなくてね、おいらは、うんとかすんとかとでも言ったらどうだと言ったんで」  「お前、さては狸だな?」  「へっ?」  これにはさすがに驚き余って、子狸は思わず毛だらけの尻尾をぼろんと出します。    「うん、あー!いやいや!お、おいらは、どう見たって人でしょう!な、なにを言ってるんですか!」  「いいや、お前は狸だ。もう見りゃわかる」  「へ?見りゃわかる?そいつは、ど、どういうわけですか!狸や狐が人に化けてるのをねぇ、あんたは今まで見たことがあるってんですかい?」  「そりゃあ、あるさ、俺は狐だからな」  「えぇ?あ、あんたが、狐?本当に?うーん、うーん?」  そうして、うんうん唸りながら、自分のことを狐だと言う噺家の男を子狸はまじまじと見てみるんですが、子狸にはそれがどうにもわかりません。
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