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「そうして見てもわからんのか。では、これならどうだ?」
と、そこで噺家の男も尻尾を出します。
「わぁ!し、尻尾!じゃあ、あんたは本当に狐って訳ですかい!ああ、おいらよりも人に化けるのが上手ずな方がいたなんて、こいつは驚きだぁ。おいらは、あんたをあの寄席ってな所で目にはしましたけどね、これっぽっちも狐だとは思いませんでしたよ。そうだってのに、あんたは、一目でおいらを狸だと見抜いた。いやぁ、あんたは化けるのも上手だが、化けの皮を剥がすってのも上手いもんだぁ」
「そうか?だが、お前もなかなかに上手く化けている。そんなに上手く化けれるんなら、山を下りて、俺のように人の世界で生きてみたらどうだ?長屋にでも住めば冬でも凍えずに済むだろうし、町に居りゃあ飢えることもないだろう」
そんなことを言われたら、子狸も一寸ばかり考えます。
日銭を稼ぐようになってからは、団子には困らねぇんで、この子狸も飢えやしないでしょうが、元々は山で生まれ育った狸ですから、ここでずっと暮らしていくなんてなこたぁ思ったことがありません。
「うーん、うーん」
「どうだ?」
「うーん、うーん」
「なんだ、煮え切らない奴だな」
「うーん、うーん、おいらには無理だなぁ」
「ふうむ、それは残念だ」
と、狐はそう言いまして、それからくるりと子狸へ背を向けようとするんですが、そんな時に、子狸が手からぶらぶらと下げていた巾着袋に、おや?と、そうして目が行きます。
「おい、その巾着袋の中には何が入ってる?」
「こいつですか?ああ、この中には、銭ってもんが入っていましてね、団子屋に行くと団子なんかと替えてもらえるんですがぁ、知ってますかい?」
「おいおい、知ってるかだと?何を馬鹿みたいなことを言いいやがって!お前、まだ子供だろう?そもそも、どうやってそんなに稼いだ?寄席に来るにしてもそれなりの銭が要いるだろうに。その銭はどうしたのか、ほら、話してみろ、どうやったんだ?」
「ああ、はいはい、これはですね、通りで芸をしていた男衆を真似てみて、おいらも同じように芸をやったんです。そうしたら見物人たちが、置いた籠にチャリンチャリンとくれるもんですから」
「ほう、なるほど、芸か。そういう訳なら、どれ、俺にも一つ見せてくれ」
「えぇ!今ですか?」
「ああ、今すぐにだ。ちゃんと銭は払ってやるから、ええい、もったいぶるな」
そう言われたもんですから、それでは一つと、子狸は覚えた芸を狐に見せます。
そうしますと、狐はその子狸の披露した芸に甚く感激しまして、今度は狐から俺と旅をしてみないか?と、こう言われるんですが、
「旅ってのはぁ、つまり、どういうことで?」
「旅と言ってもだな、俺とお前でただ旅をするってわけじゃあないんだ。津々浦々、転々と旅しながらな、俺の噺とお前の芸、それでがっぽり人から銭を稼ぐんだ。俺と一緒に来れば、その銭の入った巾着袋をあと五つは増やしてみせよう」
「これを、あと五つも?」
と、この銭の入った巾着袋があと五つもあれば、どんだけの団子と換えられるんだぁ?と、子狸はそうして考えるんですが、それこそ狸の皮算用じゃありませんが、こいつはやっぱり狸ですから、勘定も苦手ですんで良くはわかりません。
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