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歌姫
「これ合格証ね。ところで凛人、お手柄だったんだって?」
日本探知犬協会での認定試験に再挑戦した凛人に、由貴が合格証を持ってきた。
「ああ。マネージャーは取り合ってくれなかったけど、歌手の子がベロフを信じてくれたおかげでね」
ベロフをケージに入れ車の助手席に固定した凛人は、合格証を仕舞うと運転席に乗り込んだ。
「無理言って再試験を頼んで悪かったな。ベロフのおかげで仕事を貰えそうなんで助かったよ」
由貴に礼を言うと車をスタートさせ、家路を急いだ。
二日後。凛人はマネージャーの出水に招かれ、歌手の梢が所属する芸能事務所を訪れていた。
「大変失礼かとは存じますが、城崎さんの経歴を調べさせていただきました」
挨拶を済ませると、出水が切り出した。
「高校卒業後S県警に奉職。十年後、生活安全課を最後に依願退職。その後大手警備会社で身辺警備を五年。退職後、日本探知犬協会でハンドラーを三年。警察と警備会社は事実上の馘首ね」
ノートPCを見ながら出水が淡々と読み上げる。
「ご不満なら他をあたって……」
凛人を遮るように出水が続けた。
「銃器押収のノルマを達成出来なかった部下に対し、長時間小突いたり怒鳴って叱責した上司を殴って依願退職。陰湿なセクハラ行為から同僚女性を庇い、警備対象者を突き飛ばして退職。当時を知る人であなたを悪く言う人は、一人もいませんでした」
「何が言いたいのですか?」
「梢を守って下さい。組織からはみ出す傾向は見られますが、あなたなら信用できる」
「この間の犯人はまだ捕まっていないのですよね?」
雇用契約の書類にサインして、凛人は聞いた。
「はい。警察には動いてもらっているのですがなかなか……。でも、公式SNSのアカウントに、気になる書き込みを見つけました」
出水がノートPCの画面を見せた。
『梢は僕だけの歌姫。ライブでも僕を見て歌ってくれたね』『他の男を見て歌ったら許さないから』『梢を永遠に僕だけの歌姫にする』
梢のデビュー直後から書き込まれ、徐々に偏執的に変化している。殆どストーカーだ。ハンドルネームは夏の花火。
「警察には届けましたか?」
「もちろん。でも捨てハンで、身元はまだ分からないそうです」
「私も帯同して警戒に当たりますが、警察にも要請して警備を強化してもらった方が良いでしょう。爆発物を連想させるハンドルネームから言っても、この間の犯人の可能性がある」
梢は主要都市を回るツアーを終えたばかりだったが、今週末には県内の遊園地とタイアップしたファンクラブ限定のライブを予定していた。通常のライブより規模が小さく、その分ファンとの距離が近くなるため、ここで事件を起こす可能性は高い。凛人は頭の中で警備計画を描き始めていた。
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