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似たもの同士
「まあ駄目だったものは仕方ない、気にすんなよ」
助手席で拗ねた目をしている相棒のベロフに声をかけ、城崎凜人はパーキングエリアに車を停めた。助手席側に回りドアを開けると、ケージからベロフを出しハーネスに繋ぐ。白と茶の毛色を持つジャックラッセル・テリアのベロフは、いつもの活発さが嘘のようにしょげていた。
凜人とベロフの出会いは半年前に遡る。
「だから一度会ってみてって。たぶん凜人にピッタリだよ」
かつての同僚、由貴からの電話に、渋々重い腰を上げ会いに行った。犬舎の十数頭が一斉に歓迎の尾を振る中、チラリと一瞥しただけで背を向けていたのがベロフだった。
「すごい、ベロフが初対面で威嚇しなかったのは、凜人が初めてだよ」
犬舎から出されたベロフは凜人の匂いを嗅ぐと、面倒くさそうに由貴の足下で伏せた。
「ベロフ、ハンドラーが亡くなってから元気がないんだよね」
由貴が働いている日本探知犬協会では、警備会社との共同事業で主に爆発物探知犬を活用した空港や重要施設の警備を行っている。
東南アジアの日本大使館にも爆発物探知犬を派遣していたが、反政府組織による自爆テロに巻き込まれたハンドラーが亡くなってしまい、それ以来誰にも懐こうとしないベロフは日本に戻されたらしい。
「凜人、今暇でしょ?ベロフを預かってくれないかな?」
「俺に犬を飼う資格はない」
凜人は素っ気なく断った。
「気持ちはわかるよ。でも、うちの獣医の検診でも分からなかったんだ。凜人だけの責任じゃないよ」
二年前まで凜人もここで働いていた。当時は東京五輪の警備が忙しく、凜人も相棒の爆発物探知犬と毎日警備に就いていたが、ある日突然相棒のレトリバーが倒れたのだ。診断は肝臓の悪性腫瘍。倒れてからわずか三週間で亡くなってしまった。
犬は痛みに強い個体も多いが、毎日接していて異変に気づけなかったことは、ハンドラーとして失格だった。
「はっきり言うとさ、ここも手狭で現場に出られない子は置いておけないんだ。でも知らない飼い主にこの子は預けたくなくてさ」
恨めしそうに由貴を見上げたベロフが凜人の足元に移動し、顎をつま先に乗せた。
「ずるいぞお前」
つま先の懐かしい重みに、凜人の気持ちが揺らぐ。
「決まりね」
凜人の気が変わる前に既成事実を作りたいらしい。由貴は予防接種の記録や出生証明書を手早くファイルに収めると、ケージを用意した。
二年振りの犬がいる毎日。こうして相棒を亡くしたもの同士の共同生活が始まった。
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