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ファーストコンタクト
まさかこんな所で……。臨戦態勢に入ったベロフのリードを握り、凜人は周囲を見回した。
「探せ、ベロフ」
人混みの中で確証も無しにベロフを放つわけにはいかない。リードを握り、パーキングエリア内の人に迷惑をかけないようにベロフを歩かせた。
時折立ち止まり、流れる空気に混じる僅かな臭気を探りながらベロフが進む。売店が並ぶ一角の人集りで、ベロフの反応が強くなった。
多くの若者がスマホを持つ手を伸ばしている先には、ショートヘアの小柄な少女。彼女を守るよう三人の男女が囲んでいる。
「梢ちゃん!」「こっち向いて!」
若者たちの歓呼で、凜人は少女の正体に気づいた。昨年動画配信サイトに突如として現れ、若者を中心にブレイクした歌手だ。最近は素顔を見せない歌手もいるが、彼女は顔も経歴も隠さず活動し、あどけない顔と圧倒的なまでに澄み切った声には熱狂的なファンがついている。
マネージャーと思われる中年の女がファンからのプレゼントと思われる包みを抱え、ファンにいつまでも手を振る梢をミニバンに誘導した。
ベロフが迷いなくリードを引っ張り、梢が乗り込もうとしているミニバンに向かう。
「ごめんなさい!もう出発するから!」
非難を隠そうとしないマネージャーが凜人とベロフを遮った。
「すみません、この犬は爆発物探知犬なんですが、この車に反応して……」
「何言ってるの?おかしなことを言うと警察を呼ぶわよ!」
「待って、その子本当に爆弾を見つけるの?」
好奇心に満ちた瞳で、梢が割って入った。
「はい。余計なお世話かもしれませんが、警察を呼んで車のチェックをしてもらった方が良いかと……」
「こっちは忙しいの。もう行くわよ!」
マネージャーは凜人を遮ると、スタッフに命じた。
「だめ、私はこの子を信じる!」
凜人の横で伏せているベロフを見つめ、梢が言い張った。
「嘘やいたずらだったら、法的措置をとるからそのつもりで」
冷たく言い放ったマネージャーが、渋々警察に電話をかけた。
「それと、念のためその車からは離れていて下さい」
凜人を睨みつけたマネージャーが、バンドメンバーと共に車を離れる。
騒ぎを聞きつけた野次馬が遠巻きにする中、遠くからパトカーのサイレンが響いてきた。
「梢のマネージャーの出水と申します。先ほどは失礼しました」
マネージャーが深々と頭を下げ、凜人に謝罪した。
「いえ、突然あんなことを言われたら疑うのは当然です」
臨場した警察が車をチェックした結果、床下に不審物を発見。爆発物処理班が安全処理を終えたのは、通報から二時間後のことだった。不審物は鉄パイプに黒色火薬を詰めた手製爆弾と思われた。
凛人は断ったが、どうしてもお礼をということで連絡先を交換し、マネージャーと別れベロフと帰路につく。
「お前最高だよ、ベロフ。本当に良くやった」
初手柄のベロフは試験に落ちたショックから完全に立ち直り、凛人の顔をペロリと舐めた。
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