それから

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それから

クリスマスに年末年始、それが終わると受験生が動き始め春節が来て、と年の明け暮れはホテルにとって超繁忙期だった。 毎日クタクタになりながらもフロントから眺める景色は飽きることがない。 日永の方もホリデーシーズンを越えるまではいそがしかったらしく、ようやく会えたのは1月も終わりの頃。 待ち合わせのイタリアンで久しぶりに顔を合わせた日永にはさすがに疲労の色が濃く見えた。 「また休みなしで働いたでしょ?」 「休めとは言われるんですけど、現場にいたほうが好きなので。恭介さんとも会えないですし」 「さすがにね、この季節はわがまま言えないからな」 運ばれてきたビールと前菜でようやく会えた喜びを乾杯する。 2人とも仕事が好きだからどうしても会う時間が少なくなってしまう。それがすごくさみしいってことをしみじみ感じてしまった恭介はついに覚悟を決めた。 らしくない、なんて考えは過去へとおしやる。今感じる気持ちに正直にとはデイジーから教わった事だ。 「あのさ」と恭介はカバンから封筒を出すと日永へと手渡した。 「前に言ってくれただろ、一緒に住まないかって。それお受けしたいんだけど」 「恭介さんこれは……」 不動産屋のロゴが入った封筒の中身を確認した日永は慌てたようにそれを広げた。いくつかの住居の間取りなどがプリントされたものに目を通して「こんなにたくさん」と感動の声をあげた。 「見てくれたんですか?」 「この前の休みにね、どんな感じなのかなってのぞいただけなんだけど。親切な人で色々教えてくれた」 「えっと、それは男性?」 「そうだけど。名刺ももらったよ」 それも出すと日永は名刺を手に取り目を座らせた。 「ちゃんと恋人と住むって言いました?」 「言った」 「同性だって?」 「そこまでは言わないけど。まだ決めるわけじゃないのにペラペラとさ」 「あーやーしーいーなー、この人」 ピンっと指で弾いてから恭介へと戻す。 「口説かれませんでしたか?」 「はー? そんなことあるはずないだろ」 「いや~恭介さん最近ものすっごく色っぽくてヤバいんですよ。フェロモン駄々洩れてる自覚ありますか?」 「ばーっか! そんな事考えてるのはお前だけだろ」 ケラケラと笑って見せたけど日永は納得がいかない顔つきのままだ。 実際お店のスタッフもチラチラと恭介を見ているし、前は女性率が多かったけど最近は男性からの熱視線が増えたことを日永は気づいていた。 案の定不動産屋の名刺には個人のメッセージアカウントらしきものがボールペンで書かれているのを見てしまっている。 そんなこと誰にでもやるはずがない。 「この人に連絡しました?」 「まさか。ほんとにただのぞいただけだって。決めるのは日永さんと一緒に見てって思ってるけど、どうかな」 「それがいいです。休みを合わせましょう。というか今すぐ行きますか? もう決めちゃいましょう」 急くように立ち上がろうとする日永を慌てて押しとどめた。 この人なら本気でいますぐ不動産屋に駆け込んで契約してきそうだ。 「落ち着いて、ね? 今はお腹が空いてるからまずは食事にしましょう」 「そうですか……ですよね。すみません」 しゅんっとしてもう一度席に着く日永をみて恭介はクスクスと笑いをこぼした。 やっぱりこの人おかしいし、挙動が変だ。 誰かと暮らすなんて考えたこともないけど、日永となら努力してもいいと思えた。変なところも含めて受け入れたい。 それにやっぱり会いたいから。 仕事に打ち込んで帰宅した時に恋人がいるって幸せだろうなと初めて思った。 「家事とかあまりできないけど覚えるから」 「そんなの得意な方がやればいいんです」 「でも日永さんは俺を甘やかしそうだから。ちゃんとやるよ」 おんぶにだっこじゃなくて対等でいたい。ストイックな日永に置いていかれないようがんばりたい。 日永に刺激されどんどんいい方へと変わっていける気がする。 「よろしくな」 だからこれからも好きでいて。 もっと恭介を愛して欲しい。 「こちらこそよろしくお願いします。ああ夢のようだ。現実ですよね?」 「現実だと思うけど?」 「もし夢でも現実にしますから」 「本気でしそうで怖いな」 「好きです」 ストレートに向けられる愛情を素直に受け取って微笑んだ。 「ありがとう。俺も好きだよ」 「ジーザス。ここは天国か?」 まじめな顔で天を仰ぐ日永の首筋のラインが綺麗でときめいた。まだまだ好きになっていける。それは多分日永も同じだと信じたい。 こんな純情、2人で大切に育てていくのも悪くないよな。 運ばれてきた料理を取り分けながら二人の夜は幸せに満ちていく。 fin
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