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「ところで浮かない顔をしてるけどなんかあったの? デイジーの代わりに聞いてあげるわよ」
ビールを煽っているとナッツを出しながらジョセフィーヌが声をかけてきた。
「それともあの子がいないからがっかりしてるだけ?」
「そういうわけじゃない。ちょっとあって、でも別に浮かない顔なんかしてないですよ」
「あらら~恭介くんったら意地っ張りなのね~。でもいいわ、男の強がり大好物♡ 可愛くて仕方ないの」
チュっと音をたててキスを投げてくる。
「それともこんな風に仲良くなっちゃったらデイジーに起こられるかしら。ヤダそれは怖いわ、ちょっと聞いてくる」
「あっ、ちょっと」
引き止めるより素早くジョセフィーヌは裏に引っ込んでいってしまった。別にデイジーが特別なわけなくて、うまく言えないけど……最初がああだったから遠慮がないっていうだけで。
仕方なく頬杖をついて店内を見渡した。
感心するほど派手なメイクをした人たちばかりだ。いったいどうやったらこんな仕上がりになるのか恭介には理解できない。
わっと歓声が上がってそちらを見ると、ゲストの客がメイクをされて首から上だけが派手派手しくなっていた。
「キャンワイイ~♡」と歓声が飛び交う。
メイクをされた男もまんざらじゃなさそうに鏡を眺めていた。
「興味あるならメイクしてあげるわよ♡」
いつの間に戻っていたのかジョセフィーヌが恭介に手を伸ばした。つるりと頬を撫で「すっごく映えそう」と目を輝かせている。
「どうなっても電話に出なかったあの子が悪いわよね」
うふふふと笑う彼女の顔がたくらみに満ちていた。
「いや? いやいやいやしないから」
「アタシなにも言ってないけどお~何を期待してるのかしらあ」
「顔に書いてるから!!」
「そう。これからアナタの顔にも書いちゃうわよ」
うまい返しをされた瞬間、両方からガシっと押さえつけられた。左右どちらもツインテールの同じ顔が恭介の腕をしっかりとホールドしている。
「同じ顔?!」
「双子のドラアグクイーンでえす♡」
ズルズルと引きずられるようにテーブル席へと連行される。逃げようにも力強い双子に抑えられて身動きができない。
ドラアグクイーンって奴は力自慢じゃないとなれないのかと言いたくなるくらい、ここの奴らは強すぎる。
「そりゃそうよ~みんなね変なプライドでイヤイヤ言うけど、押さえつけてヤっちゃえば気持ちよさに堕ちちゃうものよ。男なんてそんなもの。だからアタシたちが言い訳を与えてあげるわけ」
物騒なセリフを吐きながらジョセフィーヌが恭介に顔を近づけてきた。
「ほんとに整っているわね。かっこよすぎていつまでも眺めていられるわ。どう、恭介くん、アタシに飼われない?」
「飼われません」
「あらん♡ 残念だわ。でもデイジーちゃんのお手付きだからね、我慢するわ」
言いながら素早く顔にファンデーションを塗りたくっていく。
スポンジでトントンと押さえては塗り、また押さえると繰り返している。
「ムカつくくらい肌が綺麗ね。すぐにフィットするじゃないの。元がいいと化粧も楽だわ……くそっ羨ましい」
わたしたちはこの10倍は必要よねえ、と愚痴りながらも滑らかに手が動いている。
目元や眉へとペンや筆を走らせる。目を閉じろと言われ一気にまつ毛が重たくなった。
仕上げに口紅をつけられたら完成らしい。
「あ~ん♡ 素敵だわ。恭介さん、ウチで働かないかしら」
「やだ♡ ほんとに可愛い。どうする女王様系? それともアイドル系?」
「女王様でしょ。踏まれたい♡」
きゃっきゃと双子がウィッグを持ってきて、どれがいいかというから強いウェーブがかかったロングヘアを選んでやった。
昔のジュリアロバーツみたいなやつ。
地毛を押さえながらそれをかぶると、普段はない場所まで髪の毛が垂れた。ふわふわと顔を囲むロングヘアが変な感じだ。
「鏡で見てみてよ。惚れちゃうかもよ」
そう鏡を差し出された瞬間だった。
店のドアが勢いよく開くと、恐ろしい勢いで日永が飛び込んできた。息を乱しながらキョロキョロと店内を見渡し、ドラアグクイーンたちに囲まれている恭介を見つけた瞬間びくりと固まっている。
「日永さん?」
自分がどんな格好をしているかも考えず思わず名前を呼んでしまった。
なんでここに?
ぽかんとする恭介の元にツカツカと近寄ってくると、じとりと周りを見渡した。目が座っていて怖い。
「何やってんの」
その低い声にみんながビクリとする。
もし声に温度があったら氷点下だろう。
「あ、あのね」
恭介の両サイドで腕を組んでいた双子が怯えた声を出した。だけど日永の切れ長の目に刺され、慌てたように口をつぐんだ。
「お前たち……この人に何をしてんだ!」
「何ってメイクよ」
当然でしょと言わんばかりにジョセフィーヌが言い切った。手に持っていた筆をクルクルと回して止めると、ぴたっと日永を指した。
「おっそいわね。電話にも出ないし、好きにしちゃおうかなって。恭ちゃんも乗り気だったし問題ないでしょ」
「あるに決まってるじゃない!!」
その言い方はいつもの日永のものではなかった。
興奮のあまりなのか、場所が脳をバグらせたのか「もう!」っと叫んだ声はデイジーのものだった。
「アタシのいないすきに何を勝手にやってるのよ!」
「あら♡ でも恭ちゃんはアタシに会いに来たのかもしれないじゃない」
「キー!! むかつく女ね!」
「うふふ、光栄だわ」
それはどこから見てもキャットファイトなわけで。
唖然と見上げる恭介の前で日永が……いや、デイジーがジョセフィーヌにつかみかかっている。
どういうことだ?
あの、寡黙で不器用な男がデイジー?
結婚式で恭介をだましてハメようとした赤いドレスの女。
「はあ?」
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