絶世の美女

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絶世の美女

 そんなことを言われてしまえばこれ以上怒るわけにもいかなかった。気が削がれてしまった。 「なんかさ、今日はちょっと大変だったじゃない。それは日永さんも知ってるよね……だから気晴らしにデイジーと話したいって思ったんだよ。だからここに来たんだけど……」 「えっ、恭介さん自分に会いに来てくれたんですか?!」 「あなたじゃなくて、デイジーね」  もうどっちがどっちだかわけがわからない。  鏡を見れば首から上だけめちゃくちゃ派手で綺麗な女に仕上がった自分が映っているし、足元には日永とデイジーがごっちゃになった男が座っているし。カオスすぎだろ。 「なのに余計訳のわからんことになってるし。疲労の上乗せって言うか、デイジーに会ってからおれの人生がごちゃごちゃしすぎじゃないの」 「それは……大変申し訳ありません……」  腰を折り、うなだれる日永の近くに顔を寄せると、くい、と顎をあげた。ざらつく髭が夜が遅くなってきたことを示している。  そうだよな、朝から働いて疲れ切ってるよな。あなたもおれも。髭くらい伸びてくるよな。 「日永さんはすぐに謝るけど、デイジーとしてはどうなの?」  さっきから申し訳なさそうな顔をしているけど、デイジーならそんなことを言いそうもない。開き直ってドヤってきそうだ。  聞けば瞳がキラリと光り、案の定強気な顔をのぞかせた。 「恭介さんの人生に食い込めて嬉しい。これからもっと深くお付き合いしたいわ~♡」 「だろうね」  馬鹿らしくなってきた。  恭介は立ち上がると鏡の前に行き、近くから自分の顔をのぞき込んだ。いつも見慣れている顔が全然違うものになっている。  ウインクをしたらまるでおおきな羽が舞うようだ。  昔みた映画に出てくる女優さんのようにセクシーな顔を作ってみせたらけっこういい感じだ。 「衣装も……着てみますか?」  いつのまにか日永が後ろから手を伸ばし、恭介を囲うようにして鏡を覗き込んだ。  頬に息がかかる。 「綺麗です。恭介さん……」 「だよな」  普段なら絶対にNOという。  だけど今日は本当に疲れていたし、なんだかもうどうでもよくなった。もしこんなことで気分転換になるなら、気持ちが晴れるならやってやろうじゃないの。  日永がごくりと唾をのむ音が耳元で聞こえた。興奮しているのか体温が高い。  後ろ手で日永の首の後ろを押さえて引き寄せた。 「おれのこと、変えてみてよ」 「恭介さん……っ、」  ぎゅうっと強く抱きしめられた。  痛いくらい力強い。  鏡ごしに形容しがたい日永の顔が見えた。今にも泣きそうで興奮しきっている獣じみた表情。  こんな顔をするんだと思ったらゾクリと震えた。 「恭介さんならこの世で一番のクイーンになりますよ」 「なりたくないけど」 「自分がさせて見せます」  どさくさに紛れて恭介の頭のてっぺんにキスを落として日永は離れた。   衣装が並ぶラックを手慣れたように探り、数枚選び出すとそれを恭介に当てて考えている。 「恭介さんは色が白いから何でも似合います。白っていうのも清純でいいけど、黒かな……迫力のある美女という感じ。ああ、でもコスもいい…ミニスカポリス……」 「おい」 「嘘です。他の奴に肌を見せたくないからあまり露出のないやつを」  そうして日永が選んだのは黒地に色鮮やかな色彩が刺繍されたチャイナ服だった。太ももから深いスリットが入っている。  真っ白でふわっふわなファーをまとわりつかせ、足元はシルバーのピンヒールできめた。  スカスカするし足元もおぼつかない。よくこんな格好で動き回れるよなと感心してしまう。  鏡に全身を映したらとても自分とは思えない美女がいた。 「うわすごいな」  と同時に「ふああああ~」と変な声を上げながら日永が膝から崩れ落ちた。 「天女到来~~」  涙まで流している。  その声を聞きつけたのか、さっきから聞き耳を立てていたのか、多分後者だろうと思うジョセフィーヌたちも駆けつける。 「イヤッだ~恭介さんったらなにそれズルイ!」 「美女だわ」 「クヤシイっ」  それぞれが歓喜の声を上げながら恭介を引きずるようにお店へと連れていく。 「っちょ、うそ。離して」  自分で見て終わりにするつもりだったのに。  お店にこの姿で出ていくつもりはなかったのに、力強い男たちに運ばれてあっという間に賑やかな店内へと連れ去られた。  どわっとひときわ大きな歓声が上がる。 「今日だけゲストのエリザベスで~す♡」  いつの間に名前まで付けられている。  どうやら女王様=エリザベスという安易なつけ方らしい。 「そんなつもりないから」 「いいじゃないの。ひと時違う自分で過ごしてみなさいよ」 「できないって」 「恭介さんならできるから。ほら、あっちでご指名よ♡」  そこからはもう地獄のような展開で。  どんなネットワークがあるのか、美しいドラアグクイーンがいるとうわさが広がって次から次へと客が舞い込んできた。   席にすわり切れない客たちは立ち見でもいいからと狭い店はぎゅうぎゅうになった。  気がつけばデイジーがすぐそばで恭介をガードするようにつきながら、いろんなテーブルを回っている。  普段の仕事より働かされているのに何故か楽しい気持ちもある。  普段の自分ならきれいごとで済ますところをズバっと口に出してもみんな笑って許してくれる。  顔は絶世の美女なのに口調は男なのがさらにイイと大反響だ。 「恭介さん向いてるわよ、この仕事」   ジョセフィーヌは忙しなくお酒を作りながら一人ほくそ笑んだ。    
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