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夜の街
ホテルを出ると遅い時間だと言うのに街はまだ眠ろうとせず、煌々と明かりをともし「楽しみましょう」と誘い込む。
笹屋と並んで歩きながら「腹減った」と恭介は呟いた。
「フレンチってさ、美味しんだけど何食べたかわかんないよな。スフレとかさ一瞬で溶けて消えるし、カロリーはしっかりとっても腹は膨れないっていうか」
「贅沢な事いうな~平野。でもお前ならそうだよな。キャビアよりいくら丼派だもんな」
「焼き鳥食べたくない?」
王子様のようなビジュアルからおしゃれな食事ばかりをしていると思われがちだけど、どちらかといえばカフェより定食屋、パスタよりラーメンを好む。
女の子とのデートの時はイメージを崩さないようおしゃれな店に行くようにしているけど、それでつかれて結局は長続きしないのだ。
庶民というか子供舌というか、とにかく今はビールと濃厚な卵の黄身をからめたつくねを食べたい。
「じゃーつき合いますか」
「よし、行こう」
焼き鳥屋のカウンターに並んで腰を掛けながらビールをあおり、思うままに肉を食べた。やっぱ本体がしっかりしてて噛みごたえのあるものじゃないと食べた気がしない。
「お前って見た目と中身がほんとに違うよね」
フレンチでかなり満足している笹屋は枝豆をさやから出しながら呆れたように言った。
「仕事中の平野はやっぱかっけーなって思うことが多々あるけどさ、こうやってプライベートになった瞬間高校生みたくなるし」
「だってあんなお上品に食べたって腹が膨れないだろうよ」
「そうだけどさ。プロだよな」
褒められているのか貶されているのかわからない発言に恭介はほんの少しさみしさを感じる。
上辺だけなんでいくらでも飾れるし、恵まれた容姿のおかげて得をすることは多い。だけど高すぎるイメージと現実とのギャップを受け入れてもらえないことも多く、その度、ほんとの自分ではダメなのかなと思うこともある。
まあ、だからといって自己肯定感が下がるわけでもないけど。
店を出ると夜の街はまだまだ活気に満ち溢れていた。
さすがにお腹も膨れたから帰ろうとしたその時だ。
カツカツカツカツと激しいヒールの音が近づいてきたかと思うと、後ろから腕をかけられた。締めあげられそうになって思わず腕をタプタプと叩く。
太く血管が浮いているたくましい腕だ。
こんなところで襲われるほど悪い事をした覚えがないのに何事だ。
「なんだよ!」
緩んだすきに顔を上げると全く見覚えのない女……いや、男で、どうみてもこの前のドラアグクイーンと同種だった。
「かんわいい~~~」と濃いメイクをしたまぶたをパチパチと瞬かせて女は高い声をあげた。
「遠くからでもわかるイケメン具合。こりゃ逃すわけにはいかないと捕獲しちゃったあ~」
「つーか、苦しいから離して」
「やだ。離したら逃げるでしょ」
「逃げるも逃げないも、あなた誰よ」
助けを求めるように笹屋を見たけれどオロオロするばかりで役に立たない。
女は首を絞める力を解いではくれたけど、そのままさっと腕に腕を絡めぐいぐいと引っ張った。
「キャッチにでてきたら可愛い男の子がいるじゃないの。こりゃ捕まえて店に連れて行かなきゃって使命感に燃えたわけよ。どう、安くするから来ない? っていうか拒否権はありません~~~」
「行かないし」
「なんでよ~楽しいわよお~~~」
この前のドラアグクイーンと言いこいつと言い、なんで俺なんだよ。恭介は苛立ちを押さえられない気持ちで相手を睨みつけた。
確かデイジーっていったっけ。あいつよりでかくはないけど、こいつもマッチョだな。これだけ体を鍛えながら化粧もしたいってどういう心境なんだ?
「い~き~ま~しょ~~よお」
ねっ、と振り返られた笹屋は迫力に負けたのかコクコクと同意を示している。
「ほら、お友達は行くって。あなたも、ね、悪いことはしないわよ。ショーとか見て楽しんで頂戴ってだけだから。ね、行きましょ」
お願いといいながら奴の力は強く、ズルズルと引っぱられ始めている。注目も集めてきたし、仕方ない、とりあえず言ってすぐ帰ろうと決める。
「わかったから離して。一人で歩ける」
「OKよ。離すから……逃げても追いかけるわよ」
こいつならやりかねない。追いつかれて羽交い絞めされる自分が想像できて恭介は頷いた。
「ほら、早く連れていけ」
「は~~い♡二名様ご来店~」
店は小さな小路を入ったところにあった。
一見普通のスナックのようだけど、よく見れば看板やドアにキラキラとしたものがついている。なんていったっけ、クリスマスツリーに巻き付いていたりする金とか銀のモールっていうのか。ああいうので飾られている。
「おれ実物みたの初めて」
笹屋はどこか浮き立ったような声色で耳打ちをしてきた。
「テレビとかで見るとさ、楽しそうじゃん。オネエっていうの?」
それは襲われていないから言えるんだ。
さっきのヘッドロックを見たか? 決まってたら間違いなく落ちてたぞ。
それにあの体に伸し掛かられてみろ、貞操の危機だぞ、とは口に出せない。結婚式場でのアレコレも吐く羽目になってしまう。
もしかしてあいつもいるのかな、と怯みながらもお店の中へと足を踏み入れた。
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