夜の街

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 店の中は想像通り華やかでギラギラしていた。  カウンターの中にも店内のあちこちにも濃いメイクと派手な衣装のドラァグクイーンたちがひしめいている。  うっと気おくれしたけれど笹屋はワクワクと目を輝かせていた。 「やっだ~♡キャシーちゃんったらイケメンご一行様を捕獲してきたわよ♡」 「こっちこっち~一緒に飲みましょうよ~」  グイグイと腕をひかれてカウンター席に案内されると、すかさずおしぼりとナッツが差し出された。 「何にする? バーテンはちゃんとした子だから美味しいわよ」  カウンターの中にいる人は少し年齢がいっているのか落ち着きがあり、バチンと音がするような盛大なウインクを寄越しながらテキパキと働いていた。 「じゃあ、軽めのカクテルを」  さんざん飲んで食ってをしてきた後だ。そこまでガッツリ欲しいわけじゃない。ほんの少し腰を下ろしたらすぐにおいとまするつもりだった。  もう来ることもないだろうし、と、興味本位で店内を見渡した。  よくドラマや映画にありがちなゲイのたまり場かと思えばそんなことはなく、どちらかといえば恭介と同じくらいの年齢の、男女もおなじくらいの比率に見えた。  店内は広いカウンターの他にいくつかのテーブル席、そして小さなステージがあった。  男ばかりの店なのによく磨かれ清潔な感じがしている。  うるさく見えた彼女たちだがさすがプロともいうべきか、客あしらいもうまく気配りも忘れない。  恭介を拉致してきたキャシーも連れてきたからには楽しませようとサービス精神旺盛に面白トークを繰り広げている。 「初めてきたけど、めっちゃ楽しくない?」  笹屋は3杯目のカクテルに口をつけながら高揚した顔を見せた。赤く染まった頬がツヤツヤと輝いている。  普段から面白い奴だけど、こんなことに興味を持つとは知らなかった。 「そうだな」  言いながらも恭介だってどこか楽しい気持ちでいる。  ドラアグクイーンとの最初の出会いこそ最悪だったけど、今ここにいる人たちに嫌な感じはしない。  その瞬間店内のライトが落ちた。  何事かと席を立ちあがりかけた恭介を眩いライトが照らす。と同時にノリのいい音楽が流れ、ステージの上ではドラアグクイーンたちのショーがはじまった。 「ようこそ place to dream(夢見る場所)へ。今宵も歌と踊りの夢の世界へ皆さまを誘います」  と、大きな羽を背負ったドラアグクイーンたちがステージの奥からでてきては優雅に踊った。  それはまるでNYにでもいるような華やかなショーだった。  見知ったゴツいドラアグクイーンばかりではなく、中には本物の女より美しい男もいた。歌もダンスもかなりのレベルで、店内の客たちからも口笛が飛ぶ。  煌めくライトに照らされた彼女たちはスターだった。   「どう? 楽しんでる?」  カウンターの中にいるオーナーのジョセフィーヌがタバコを燻らせながら恭介に声をかけた。 「軽めのカクテルだけじゃ物足りないんじゃない?」 「そうですね。じゃあ次はオススメなのを」 「了解♡」  笹屋は身を乗り出し一緒になって身体を揺らしている。  差し出されたパープルのカクテルを口につけるとジョセフィーヌは恭介の顔をじっと見つめ首を傾げた。 「ね、どこかで会ったことない?」 「俺とですか? 記憶にはないと思いますけど」 「そう? なんかどこかで見たことあるのよ」 「ナンパの手口かな」  返すとジョセフィーヌはグっと顎をひいた。 「いうわね。でも残念。どちらかといえばあなたより彼の方がタイプよ」  腕を引き締め、クイっと腰をねじりながら笹屋を指さした。 「ピュアで可愛い。あなたはちょっとスレてて」 「それは申し訳ない」  カクテルもうちのホテルに負けないくらい上品な味だった。  こんな路地裏のお店にも腕の立つバーテンダーがいるなんて知らなかった。もう少し外を知ったほうがいいなとステージに視線を戻す。  ホテルとは全くベクトルが違うけれどゲストを楽しませるしかけがあちこちにあって、サービスという点ではこちらのお店の方に勝敗があがるかもしれない。  悔しいけれど。  格式とかマナーとかそういう堅いものに拘束されたホテルには自由がない。それは面白みに欠けると言えばそうなのかもしれなかった。  いろんなことを考えながらグラスを重ねたせいだろう。  気がつけばカウンターにつっぷして眠りこけてしまっていた。こんなこと普段なら絶対にないのに、今日は緊張したフレンチから始まって焼き鳥屋、そしてここの店とはしごをしてきて限界が来たのだろう。  そっと耳元で名前を呼ばれた気がした。  肩に柔らかなぬくもりがかけられる。薄目を開けると毛布が恭介を包んでいて、その奥に真っ赤なドレスの女・デイジーの顔があった。 「もう少し休んでても大丈夫よ」 「……いや、」  起きなきゃと思うのにアルコールの染みわたった身体は動こうともしない。隣では同じように笹屋も眠りこけているようだった。 ___今日あなたお仕事だったんじゃない?    遠のく意識の奥で話し声が聞こえている。 ___もしかしてこの子があなたの大好きな恭介くんかと思って連絡したけど正解だったわね。  大好きな恭介くんって俺のことか? ___そう。まさか今日二回も会えるなんて思ってなかったらラッキーよ。  二回もって、どういうことだ?  会ったか、今日、この場所以外で?  考えようにもドロドロとした睡魔には勝てず、再び恭介は思考を放棄した。    
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