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温度差
日永は言葉通りあまり遅くならずに恭介の家に来た。
駅から走ったのか息が切れている。
「そんなに慌てなくてもよかったのに」
「いえ、早く会いたいと思ったらたまらなくなって」
そうだ、この人が一番直球の言葉を投げてくるんだった。うまく受け止めきれずに口元が緩んでしまう。
まっすぐな愛情は嬉しいけど圧が強くて照れる。
「寒かったろ。どうする? お酒飲む? それともお茶も用意でき、」
るけど、という言葉の続きは日永の強い抱擁にかき消された。背中に外気で冷えた身体を感じる。
「びっくりした」
「今日恭介さんが来てくれて、ホンモノが店にいるって、まさか本当に来てくれるなんてって嬉しくてちょっとだけ舞い上がっていました」
「大げさだな」
全然そんな風には見えなかったけど。
どちらかといえば黙々と恭介なんて目に入らないかのように感じていたのに。
「そんなの誤魔化していたに決まってるじゃないですか。内心は嬉しいと緊張が入り乱れて大変なことになっていました」
「そうなんだ。でもすっごく美味しかった。お店ももっと敷居が高いと思っていたけどアットホームで居心地も良くてさ。行けてよかったよ」
あの誕生日を祝ってもらっていた女の子も。
普通星のつく高級店なら子供NGだったりもするだろう。だけどあの雰囲気からすると、常連さんっぽいしみんなが慣れた感じだった。
「ああ、あの子はお腹にいるときから来店されていて。赤ちゃんの時から知っているんですよ。三代続いて来てくれているお得意様なんです」
「そっか」
子どもに怖がられそうなイメージなのにあの子は日永を名前で呼ぶほど懐いていた。
「実はあの子ロボットのアニメが好きだそうで……それがどうも自分に似ているって言うんです」
日永ロボット!
それはなんとなくわかる気がする。
身体の大きさとか、雰囲気とか、硬そうな感じがロボットと言えばそう見えなくもない。
思わず「わかる」と噴き出すと日永は微妙な顔をして見せた。
「嬉しくない気もしますが……。どうやらこの筋肉もロボットのパーツだと思っているらしく、飛ばすことが出来るのかと聞かれました」
「まって、おかしいっ……ふふっ」
日永マシーンGOとか言って飛び出すシーンを想像したら怖いくらいイメージできてしまってお腹がよじれるほど笑ってしまう。
「そこまで似てますか?」
「似てるっていうか、キャラって言うか、そこを持ってきたあの子がすごいよ」
「日永パーンチ」と言いながら腕を伸ばすから、もう!
「やめて。腹がよじれる……っ」
恭介が震えるほど笑ったせいかそのうち日永の口元も緩んで、ふふふふ、と笑い始めた。それがデイジーとは全く違って気持ちの悪い笑い方だったから余計ツボってしまって涙が出るほど笑いこけた。
「もー。ダメだ。日永さんを見たらロボットを思い出すわ」
「やめてください。ロボットはこんなことしませんから」
言いながら首筋に吸い付いてくる。
小さな痛みに甘い声が漏れた。
「エロロボットめ」
「自分の作った料理を美味しそうに食べてくれる恭介さんを見た時からこんな風になってしまって大変でした」
言いながら押しつけられたブツはバキバキに固くなっている。
「ずっとそのまま仕事してたの?」
「なんとか収めましたけど気を抜くと危なかったですね。あの子に変なものを見せずに済んでよかったですよ」
「それは犯罪者だからやめとけ」
「自分がこうなるのは恭介さんにだけです」
服越しに押しつけられ擦られる。
それだけなのに息が上がって困る。こんな簡単に発情させられるなんて。
すぐに深いキスを仕掛けられされるがままになった。
興奮していたのは本当なようでいつもより性急な触れ合いに戸惑う。日永と身体を重ねたのはデイジーの時の一回だけで、あとは互いに触りあうだけだったので。
「明日仕事なんだ……」
ギリギリのところで言うと、日永は頷きながらもキスをやめなかった。
「すみません。無体はしません、けど、収まらなくて」
「……んっ」
まるで捕食者のように貪るキスに息がついていけなくなる。苦しくて口を空けるとさらに深く潜り込んできた。
息継ぎのタイミングが合わなくて窒息してしまいそうだ。
「まって、」
押し返すと少しだけ離れるけど再び覆いかぶさってくる。
ロボットどころじゃない。巨人兵かって迫力だ。
「息……くるしっ」
「恭介さん、」
間近で合う日永の目の瞳孔が開きまくっている。
興奮しすぎだ。焦点が危うい視線で恭介を捉えようとする。抱きしめる腕の力も強すぎて苦しい。
「無理っ」っと押し返すと荒い呼吸のままじっと恭介を見た。
「すみません、ちょっとタガが」
「外れすぎだろ。明日仕事だからできないよ」
「わかってます。ちょっと頭を冷やします」
いって日永は大股で廊下を歩いていくとそのまま外へ出ていった。別にそこまで離れろとは言っていないのに。
日永のことは好きなのにこういう時ちょっとだけ困る。どうしたらいいのかわからなくて。
日永が今まで付き合ってきた人たちは多分もっと慣れていて、そういう日永のことも受け入れたんだろう。一緒に燃えたのかもしれない。
熱い夜を想像すると心臓がギリっと痛んだ。
男性を愛する日永にはわからないのかもしれない。
元々女性を相手にしてきた恭介が自分より大きな男に組み敷かれる恐怖が。
好きだから繋がりたいしキスも気持ちいいけど、どこかでまだ抵抗がある。
こんなことをされていいのかって。このまま男じゃなくなるかもしれないって怯える気持ちがいつもそばにあって、素直に受け入れきれない。
ソファに膝を抱えて座っていると日永が戻ってきて土下座をした。
「すみません。がっつきすぎました。反省しています」
「そんなことしなくていいよ。怒ってない。ただ」
「ただ?」
言っていいんだろうか。
少しだけ怖いんだって。でもそしたら日永が傷つく気がして口にすることが出来なかった。
「そういう事したら明日仕事にならないじゃん。それだけ」
「すみません、でも一緒に寝ることは許してもらえますか?」
まるで怒られて萎んだ犬みたいに尻尾を項垂れさせている。
「ばか。そんなのいいに決まってる。恋人なんだから」
「恭介さん!」
「でもしていいのはキスだけ。あまり濃くないやつ。それでいい?」
「もちろんです!」
今度はブンブンと喜びで振っている姿が想像できる。
こういうところは素直でかわいいんだよな。
言いつけを守ろうとした日永はベッドの中で唇が腫れるほどキスをしてきて、そのうち気を失うようにして恭介が眠るまでそれは続いた。
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