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次に目を覚ました時にはお店はクローズの時間を迎えたらしく片付けが始まっていた。
やってしまったと気まずい気持ちで体を起こすと隣で眠る笹屋の肩を叩いてた。
「おい、笹屋起きろ」
「う~ん。キャシーちゃんもう少し~」
完全に寝ぼけている。
「誰がキャシーだ。起きろ」
毛布を剥ぎ取るとやっと目が覚めたらしくキョロキョロと周りを見渡してから、ハッと恭介を見た。
「やべ、寝てた?」
「グッスリ」
「そういう平野も寝癖ついてるけど」
ヒソヒソと話していたらジョセフィーヌが気がついたらしく奥からデイジーを呼んできた。
やっぱりあれは見間違いじゃなかったんだ。
「お久しぶり~恭介さん♡」
クネクネと腰を動かしながらデイジーはものすごい勢いで恭介の元へ来るとムギュっと抱き着いた。
「もしかしてアタシに会いに来てくれたの~? うれしい。ごめんなさいねさみしい思いをさせちゃって」
「違うっつーの。離して」
「イヤよ。会いたかったんだもの。あの日まさか逃げられるとは思わなかったわ~さすがよ~恭介さん」
ジム帰りなのかパンプアップされた腕に締め付けられ、恭介は「マジでギブ」と力ない声をあげた。
「あんた力強すぎだよ……」
「あら、ごめんなさい。愛の力かしら♡」
うふ、と笑みを浮かべ力を緩めてくれたけれど、恭介を離す気はないのかしっかりとホールドされたままだ。
「おい、平野お前……」
事の成り行きを見守っていた笹屋が好奇心旺盛な瞳を輝かせている。
「そういうご関係?」
今すぐにでも誰かに話しに走りそうな笹屋を目だけで制した。
「違う。いいか、勘違いするなよ」
「してないけど……お知り合い?」
「そうよ~。恭介さんとアタシは結婚式場で運命的な出会いをしたのよ。ねっ。あのブーケトスは今でも綺麗に咲いているんだからッ」
運命的な出会いと言うか、騙されて連れ込まれたというか、詳しく話す気にはならなくて恭介は「違う違う」と首を振り続けた。
どうもこいつに会うとペースが狂う。いいように翻弄されてしまう。
恭介はまけじと腕をつっぱるとデイジーのホールドからなんとか逃れた。
「あんたに会いに来たわけじゃない。仕事が終わってから焼き鳥屋に行って、そこでキャシーって奴に掴まったんだよ。っていうかあんたたち腕っぷしが強すぎじゃない?」
デイジーだけじゃなくキャシーにも首に技をかけられている。
「えっ、焼き鳥?」
だけど食いついてきたのは「焼き鳥」というワードにだった。デイジーが首を傾げる。
「食べに行ったの?」
「ああ。腹が減ったし、なんか肉が食べたくなって。で、店を出た瞬間ここに拉致られたんだけど」
「あら、そう……」
何故かガッカリしたようにデイジーは項垂れた。
「お腹がすいちゃったの……」
なんで焼き鳥を食べたくらいでガッカリされなきゃいけないんだ?
あからさまに落ち込んだデイジーに恭介は戸惑いを隠せない。もしかして肉食アウトとか? この筋肉量で菜食主義だったら驚く。
別にどうでもいいんだけど、なんとなくしょぼんとするデイジーをほっておけない気がして「肉嫌いなのか?」と聞いてみた。もしそうだと答えられたってどうしようもなんだけど。
だけどデイジーは当然と言うように「好きよ」と答えた。
「ステーキとか最高大好き♡ 今度デートしましょ」
「あ、やっぱ好きなんだ」
「そりゃそうよ~。筋肉育てているんだから。お肉もモリモリいただくわ」
だったらさっきの顔は何だったんだよ。
腑に落ちない顔をした恭介の頬を包み込んでデイジーは言う。
「ほんと~に恭介さんって優しいよね♡」
「なに、いきなり……」
「ううん。そういうところも大好きって話。いつお肉を食べに行く?」
「なんでそうなる」
「いいじゃな~い。お肉お肉~」
キャッキャとはしゃぐデイジーを見ていたらおかしくなってきて、思わず顔が緩んでしまった。
まるで子供の様に喜怒哀楽がコロコロと変わる。ここまで素直に感情を表現する大人を見たことがない。
おかしさを隠し切れなくて、口元が笑みの形に歪んだ。
「そのうちな」
「え~いつよ~意地悪ぅ~」
「そのうちったらそのうち。なにかの縁があったら」
「絶対よ~縁なんてすぐに結んでやるんだから♡ えいっ」
と、指切りげんまんをさせられた。
子供のころ以来の動きにめんくらっているとデイジーが楽しそうに歌い「指切った♪」っと絡まる小指に唇を押しつけた。
まるで割り印のように二人の指に口紅の赤が押される。
「ほら、これでアタシたち運命の恋人同士よ♡」
じっと恭介をみつめるデイジーの瞳の周りは重ねづけに重ねつけを施したほどフサフサのまつ毛が縁取っている。
それに紛れるように二つの小さなほくろがあることを、恭介はまだ気がつかない。
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