夜の街

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 お店を出るとあれほど賑やかだった街が少しずつ眠りにつき始めていた。ギラギラとしたネオンがひとつ、またひとつと消えていく。  通りをひやかしていた客たちもどこかへ収まったのか歩く人たちもかなり少なくなっていた。  店のありかを示すスタンドが消えた店も多く、こんなに夜遊びをしたのは久しぶりだった。 「いや~楽しかったな」    笹屋はおおきな伸びをしながら後ろを振り返った。  さっきまで盛大に見送っていたドラアグクイーンたちも店に戻ったのだろう。しんと静まり返っている。 「まさか平野がああいう人たちとお知り合いとは思わなかった。知ってたのか? あの店」 「んなはずないだろう。結婚式にいたんだよ、あいつが。で、具合が悪いって言うから少しだけ介抱しただけ」  上に乗っかかられたことは絶対に秘密だ。 「へ~。それにしては仲が良さそうだったけど」 「目、大丈夫か?」 「ははは、うそ。でもお前があまり親しくない人にあんな口の利き方をしてるのは珍しいんじゃないの? どっちかってばいつも他人行儀っていうか。うーんと、丁寧っていうか?」 「いい直さなくていい」  笹屋の言う通りだった。  恭介のビジュアルを見て親しくなりたがる人は多い。ほぼ初対面なのに親しみをアピールしたくなるのか一気に距離を詰められる事が恭介は苦手だ。上辺だけで判断されて利用してやろうという思惑が丸見えで。だから通常よりはるかに強く距離を置こうとするクセがついた。    だけどあいつの好きだってアピールはどこか純粋で憎めない。受け入れる気はないけど、あえて距離を取るまでもないというか。  迫力のある愛嬌に押されているともいう。 「そういう笹屋はキャシーと連絡先交換してなかった?」 「あー見てた? そのケはないんだけど楽しいじゃん。悪いやつがいなさそうっていうか、一生懸命だし。また行っちゃおうかなって」 「まあな」  彼女たちはとにかくサービス精神が旺盛で客を楽しませようと一生懸命だった。それが押しつけがましくないからリラックスして楽しめる感じだ。 「また一緒に行こうぜ」 「気が向いたらな」 「そう言って、デイジーちゃんとご飯行くんだろ」 「行かないし」 「いやー、行くよ、お前はきっと」  なんだその予言じみたセリフは。怖いからやめてくれ。  ぞっとしたように笹屋を見る。 「なんつってわかんないけど」 「まじでビビらせないで」 「でもいい子じゃん」  いい子、なんだろうか。わからん。  大きな通りに出るとそれぞれにタクシーを拾って解散した。静かな振動に揺られているようやく一息付ける気がした。  長い一日だった。  そういえば帰ったら今日の試食会のレポートを仕上げなくてはならない。直すべき点など集めて、訂正し、本番を迎える。  どれを食べてもおいしかったしあのボリュームだったら満足するだろう。  ふと日永のことを思い出した。  料理人なのにかなりいい具合に身体を仕上げてきている。  そのくせ作る料理は繊細で華やかだった。どこかロマンティックでさえある。  贅沢に花が添えられ、味だけじゃなく見た目も女の人を喜ばせそうだ。  あのデカい体で、太い指で、と考えたら小さな笑みが浮かんだ。  不器用そうな話し方。  口数が少なく強面だから近寄りにくいのかと思えば、ほどけたように柔らかな表情になる。    最後に握手をしたときに何かを感じたけれど……やっぱり思い出せない。どう考えたってはじめましてなんだから何があったわけではない。    流れていく景色をぼんやりとながめながらとりとめのない考えが浮かんでは消えていく。  明日は、いやもう今日か。  せっかくの休みだけどジムにでも行ってみようかと思った。  デイジーといい日永といい、鍛えている身体は美しいから。今は均整の取れた身体でいるけれど、歳を重ねていくことに緩んでいくのは必須。  自意識過剰と思われても少しでもかっこよくあり続けたい。
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