真っ赤な口紅の純情 ~ドラアグクイーンに惚れられたホテルマンが恋に落ちるまで!~

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 その日は友人の結婚式だった。  華やかで幸せに満ちていて真っ白な幸福に包まれていたはずなのに、今、目の前にあるのは真っ赤な唇で、自分より大きな女に組み敷かれている平野(ひらの)恭介(きょうすけ)はとっさに口を押えた。   危険なにおいがプンプンする。 「あら」  と、女は獲物を前に舌なめずりするように目を細めた。 「可愛い。それでガードしてるつもり?」  言うのが早いか片手で恭介の腕を引きはがし、グっと顔を近づけてくる。なんていう剛力。一瞬で剥がされてベッドへと縫い付けられた。濃厚な香水が強く香る。 「いいわ~やっぱり好き♡どう、アタシと一晩過ごさない?」 「誰が!!」  噛みつくように吠えたら奴の顎のあたりがザラザラしているのが目に入った。おいおいおい、髭くらいちゃんと処理して来いよ。  やっぱ訂正。  女じゃなくて、女の恰好をした男。  それもバッチバチに化粧をした迫力のあるタイプの。よくテレビとかでお笑い担当でいたじゃん。  どんだけ付けるのってくらいのつけまつげと、濃いメイク。髪も天井に届くのかってくらい盛っている派手なオネエって何ていうんだっけ。  そんな奴に馬乗りされて嬉しい男なんかいるはずがない。 「マジでやめろって!」  恭介はあらん限りの力を振り絞って男から逃れようと身をよじった。  小中高とずっとサッカーをしてきたからそれなりに体が出来ているはずなのに奴はびくともしなかった。  確かに社会人になってからは時々ジムに行くだけだったけど、こんなに力の差って出るものか。    真っ赤なドレスを着た男はあばれる恭介を楽しそうに見ながら、ニイっと口角をあげた。  まるで獰猛な獣のようだ。自分が無抵抗な小動物になったようでブルリと震えた。  ダメだ。  逃げなければこのまま喰われてしまう。  好きなタイプは可愛い女の子。  こんなごつくてでかくて俺以上に力のある女モドキじゃなくて。本物の抱きしめたら骨が折れちゃうんじゃないかと思うくらい儚くて柔らかな女の子。それ一択!  絶対どう考えてもこんなデカい男となんてない。絶対無理。  早口言葉のようにまくしたてたけど、奴は怯む気配を微塵も見せず「うふ」と小首をかしげた。 「でも残念。アタシにロックオンされちゃったら恋に落ちるしかないわよぉ~」 「んなはずあるか、って、おいっ、……あ、」  祈りも虚しく目の前が真っ赤に染まったかと思うと、分厚い唇に塞がれてしまった。むちゅう~っという音が聞こえそうなくらい強く。息ができない。  まるでスタンプを押すように押しつけられた唇がこすりあわされてねっとりと剥がれていった。    呆気に取られながら奴の顔をみると、口紅がさっきより薄くなっている。当然それは恭介の唇におされているわけで。 「おまっ……っ、ふざけんな……っ」  慌てて肩口でこすると真っ白なワイシャツに真っ赤な口紅が擦れついた。 「なんなの。なんで俺なの」  情けない事に次から次へと涙がめじりをこぼれていった。耳まで届いてシーツを冷たく濡らす。 「男も女もいっぱいいたじゃん。なのに、なんで俺?」  190センチを超える長身と筋肉があふれている身体に真っ赤なドレスは誰よりを目を引いていた。合わせたピンヒールもよく折れずに保ってるもんだ。  正直よくこんな格好で人前に出てこれたなとも思った。  注目していたのは俺だけじゃない。  その場にいた誰もが好奇の視線を送っていた。その復讐をするなら別に俺じゃなくなってよかったはずだ。  奴は不思議そうに首を傾げると、囲むように腕をついて顔を寄せてきた。またキスをされると思って顔をそらした俺に小さな笑い声が届く。 「怖がらないでよ。誰でもいいってことはないの。だって、あなたに一目惚れしちゃったんだもの。今しかチャンスはないって、焦ったのね。ごめんなさい」 「は。一目惚れって、」 「言葉のとおりよ。好きになっちゃったの。でも大丈夫、ブーケトスも受け取ったから。次はアタシたちの番よ~」  言いながら俺の手を取り、ゆっくりと甲に口づけた。   冗談のようにくっきりと唇の形に赤が押されている。 「好きよ。アタシと付き合ってください」  真っ白になった頭に彼の言葉が入ってこない。  え、どういうこと?  告白されているの? 俺が? 男に? っていうか、違う。男でも女でもないオネエに?  心の声が聞こえたのか、彼は「ちっちっち」と指を振って訂正した。 「アタシはオネエじゃないの。ドラアグクイーンよ」  大事なのはそこじゃない。  真っ青になる恭介に向かって奴はゆったりと微笑みを返した。 「デイジーよ。覚えておいて、恭介さん♡」  なんで俺の名前を知っている?!  混乱をきたしている恭介にもう一度赤が近づいていたけれど、それを避ける気力はなく為すがままになった。盛大なスタンプが顔中を襲う。  ねっとりと絡まりたがる舌をかろうじて押しのけながら、これは夢だそういうことにしよう、と決めた。
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