帰り際

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帰り際

叔父さんの滞在中、僕は結構その耳元を目で追っていた。大きな金魚のピアスが、涼しげに揺れているから。ガラスなのか、透明な朱色は大きさの割に圧を感じない。耳の周りだけ水があって、泳いでいるように見えた。 「んな気になる?これ」 相変わらず、深夜のぼやけた縁側で、叔父さんはビール片手に庭を見るとも無しに見ている。今日は、紺色地に紅い大きな彼岸花が咲き乱れている柄シャツ姿。良いな、とは思うがセンスも神経も真似出来る気がしない。叔父さんの手が、金魚を揺らす。声だけは背後の僕に向いていて、言葉に詰まった。 「生きてるみたいで」 何とも返事に困る返しをしてしまった。叔父さんはくつくつと笑う。 「見る目あるな、旭は」 「どこで買ったんですか?」 叔父さんはビールを一口煽る。 「ハンドメイド作家の友人から」 「えっ、」 思わず叔父さんと金魚を二度見する。そんな交友関係はありそうに無い人だと思っていた。 「今失礼なこと考えてるだろ」 ようやく振り向いた叔父さんは、じろりと僕を睨む。青い髪が月の光を吸い込んで反射している。わざとらしい溜息をついて、叔父さんはまた庭へ目を戻した。 「見た目やべーけど腕は確かだから、そいつ」 絶対叔父さんに言われたくは無いだろう。叔父さんだって、やべー部類に入っていると思う。 「ま、褒められて俺も悪い気しねぇし、そんなに気に入ったならこれやるよ」 ポケットを雑に漁り、何かを取り出した。振り向いて、僕の手に落とす。 「ーー根付け?」 若干黄色みが強い朱色の金魚。叔父さんのより一回り小さいけど、存在感はしっかりある。赤い紐に小さな鈴と一緒に揺れていた。見れば見るほど、泳いで行ってしまいそうな。 「買い取りますよ」 「気にすんな。甥っ子がすげー気に入ったって言えば逆に喜ぶ。アイツチョロいから」 酷い言われ様である。まだ何となく悪い気がしたけど、お礼を言って金魚を夜に翳した。月に重なる。まるで、金魚が月を飲み込んだみたいな。その身体が僕の手から離れて、大きく膨らんで見える。いつの間に。まるで僕でも乗れそうでーー 「おい、喜ぶのも大概にしろい」 叔父さんの声と、パン、と拍手みたいな音。 「あれ?」 気付くと、金魚を翳したまま床に仰向けになっていた。 「気に入ったからって、本性出すまで浮かれやがって」 「ええと、」 起き上がると、叔父さんは不敵に笑った。 「お前じゃない。そいつの話な」 叔父さんが指差したのは、受け取ったばかりの金魚。僕はもう一度金魚を見る。やっぱり泳ぎ出しそうだった。またじっと見ていたら、目の前にしわくちゃな紙が飛び込んで来る。 「明日帰るから。それ、俺の連絡先」 「連絡先?」 「それ作ってるやつのネットショップ教えてやるよ。あと、俺の名前知らないだろ、旭」 「知ってますよ」 普通に答えれば、叔父さんは意外そうに目を丸くする。こんな目もするんだと、人間らしくて少し驚いた。 「頑なにおじさん呼びだったから何も知らないのかと思った」 「そりゃ……叔父さんでしょう。僕の立場からだと」 母さんの兄。叔父さんである。 「まあ良いや。お前も遠路はるばるご苦労ご苦労」 怠そうに叔父さんは立ち上がった。 「ありがとうございます。弥命(みこと)叔父さん」 緩々と立ち止まった叔父さんは、また怠そうに片手を上げて廊下の向こうに消えて行った。
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