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泣き疲れて再び眠ってしまった幼い息子の顔を撫でてから、女は意を決したように立ち上がった。
硝子で傷付いた柔い足が鋭く痛み呻いても、女にとってそれはどうでも良いことだった。
女は纏めて隠してあった貴重品類を全て鞄に放り込み、薄い上着を羽織った。
次に寝ている息子を掛けてあった毛布にくるんで抱き抱えると、外へ飛び出した。
出来るだけ遠くへ、遠くへ行かなければ。あの男が帰って来るまでに。
行き先は何処でも良かった。
駆け落ち同然でデキ婚をした女が頼れる実家はなく、警察に行っても家に帰されるだけだと分かっていた。
男は恐らく最寄り駅の近くのパチンコ屋だろう。少し遠いが、反対側の駅に向かえば出会すことはないはずだ。
それにしても寒い。鼻先に冷たく柔らかい感触がして、上を見上げると雪が降っていた。
一先ず電車に乗ってしまえば問題ない。逃げ切れる。
「絶対にお母さんが守るからね」
そう呟いて視線を前に戻すと、百メートルも離れない程の距離に見覚えのある服装の男がいた。
刹那に全身の血が凍ったかのように思われた。だが即座に激しい鼓動音とともに凍りついた血は吹きだまりの如く押し流される。
竦んでいる場合ではない。
女は身を翻し、すぐさま一番近くの曲がり角を曲がった。
男はこちらに気付いただろうか。
どうして。パチンコ屋に行ったのではなかったのか。どうしてこんな時に。
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