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女は只管に走った。荷物と我が子を抱く重さも忘れ、顔や手にかかる向かい風の冷たさも忘れ、凍てつく空気に張り裂けそうな肺の痛みも忘れ、只管に足を動かした。
速く、もっと速く。
――そして、瞬間の静寂と共に、身体が浮いたかのように軽くなった。
いや、実際投げ出されたのだ。
女には何が起こったのか分からなかった。
自分は地面に横たわっているのか?
劈くようなクラクションと、息子の泣き声や、人々のざわめきが混じって聞こえる。
それなのに自分は指先ひとつ動かない。頭が、身体が重たくて仕方がない。
ああ、また泣かせてしまった。抱き締めて泣き止ませてやらなければ。早く起き上がらなければ。あの子を守れるのは私しかいないのだから。
温かな微睡みの中で、女は立ち上がって我が子を抱き締めた。
怖がらせてごめんなさい。泣き止んで。あなたは私の宝物。あなたの笑顔が大好き。
そう言うと、息子は涙を溜めた大きな目を細め、満面の笑みを浮かべた。
そう、いい子。とっても可愛い私の子。
女は微笑んで白ばんだ景色に目を瞑り、二度と動かなくなった。
***
母親が死んでからというもの、理苑は施設に入れられて暮らしていた。
父親のことは誰も詳しく教えてくれなかったが、日常的なDVが問題と看做されたのは間違いなかった。
だが施設も小学校も、理苑には心地良いものではなく、苦痛でしかなかった。
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