2.それが自分の価値なのだと識る

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 中学に入学する直前に父親が戻って来た。  更生したように申し訳ないという顔をし、アルコールで手が震えるようなこともなかった。 「帰ろう」  幼い記憶にすら鮮明に残っている恐ろしい男の顔はそこにはなく、少しやつれた普通のオジサンという感じだった。  理苑は少ない荷物を纏め、すっかり別人のような父親の後ろをついて、数年ぶりに帰路についたのだった。  アパートは最後に見た頃とあまり変わらなかった。変わらないというより、元々古い安アパートだったというだけなのだが。  久しぶりの家は、記憶より狭く感じた。それだけ長い間、月日が経っていたのだと解る。  部屋の中は思ったよりも物がなく、整頓されていた。 「荷物はそこに仕舞いなさい」  言われた通り、すぐ後ろにあったみすぼらしい箪笥に、数枚の衣服と制服を仕舞う。  父親はその姿をじっと見ていたが、ガバッと近付いて理苑の膝元に伏した。  理苑は咄嗟に身構えた。やはりこの男は変わっていなかったのか。あのしおらしい姿は迎えに来るまでの演技で、母親がいなくなった今、自分に拳が向けられるのか。 「すまなかった!」  男は部屋に響くような声でそう言った。 「え⋯⋯」  予想していなかった父親の行動に、理苑は声を失った。 「許してくれ⋯⋯!」  謝った。あの男が。  機嫌を損ねれば、泣き叫び何度許しを乞うても殴るのをやめなかった男が。
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