2.それが自分の価値なのだと識る

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 少し焦げた野菜炒めと、水気の多い米を口に入れる。失われた時間が少しだけ取り戻された気がした。 「どうだ?」と恐る恐る訊ねる父親に理苑は「塩っぱい」と泣きながら食べ続けた。父親は「ごめんなあ」と繰り返し言った。  男は本当に変わった。声を荒らげることも、拳を振るうこともなかった。  憑き物が落ちたかのような、穏やかな父の顔をしていた。  一体どうしてこんなにも変わったのか、莉苑にはまるで想像が出来なかったが、それだけの何かがあったのだろうか。 「ゆっくり寝なさい。明日は制服を買いに行こうな」  父親はそう言って、曇り硝子の扉を閉めた。  緊張と安心でかなり疲弊していたのか、理苑は気を失うように意識を手放した。  父親と暮らすようになってから二週間が経った。  幼少期の地獄は夢だったのではないだろうかと思えるほど、平凡な日々が続いた。 「もうすぐ入学式だなぁ」  男二人で昼食をつつきながら父親が言った。 「うん」 「今日あたり、制服と教科書が届くだろうな」 「本当?」  二人の会話にぎこちなさは殆どなく、何処でもいる親子そのものだ。 「辻森さん、お届け物でーす」  不意に玄関のドアがノックされた。 「来たんじゃないか」  促されるまま荷物を受け取る。送り元は近隣の公立学校だ。  開けてみると、やはり制服と教科書が一揃入っていた。 「そうか、今はブレザーなんだな」
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