2.それが自分の価値なのだと識る

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 父親は懐かしむように覗き込んでそう言った。 「今は?」 「昔は父さんも同じ学校に通っていたんだよ。その時は学ランだったんだ。女子はセーラーでね、あの時の有希子は可愛かったなぁ」  不意に理苑は心臓が嫌な音を立てるのを感じた。  有希子――それは、理苑の母親の名前だった。 「そうだ、懐かしいなぁ、少し着て見せてくれ」  父親は遠い目をして笑っていた。  何を、思い出している?  制服のワイシャツに袖を通す。ザラリとした感触が纒わり付いた。 「父さんと母さんは同じ中学なんだ」  スラックスを履いて、ホックを留める。再びザラリとした感触。 「母さんはその頃から美人でねぇ」  ザラリ。 「そう、理苑は有希子そっくりだなぁ」  男の視線が理苑を捉え、渇いた指先が頬を撫でた。  空気が喉に張り付き、上手く息が吸えない。  それでも莉苑はこの男から目を逸らすことが出来なかった。  男の顔が近付き、異臭が鼻を突いた。  この男は改心したわけでも、人が変わったわけでもなかった。  不機嫌に当たり散らす暴力性と、穏やかで小心者な内面と、父親の姿は何れも本来の姿だった。  莉苑は耐えるしかなかった。  裂けるような痛みと圧迫感に吐き気がしても、声を押し殺し、泣きもせず、ただ時間が過ぎるのを願った。逆らえば更なる暴力が襲って来るのを、既に知っていた。
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