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1. 一万五千円
「テメェふざけんな!死ねよマジで!」
夜の繁華街の一角で、少女が金切り声を上げる。
理苑は打たれた頬を袖口で拭った。
瞬間的な熱が真冬の空気に冷やされていく。
彼は生気のない目を怒り狂っている少女に向け、何でもないように、へら、と嗤った。
「ただの客だって」
正確には過去形かもしれない。
理苑が働くボーイズバーの常連からは、客とキャスト以上の好意を寄せられていた。
理苑は常に刹那的に生きていた。
身体の関係を持つまでに、そう時間はかからなかった。そして、常連の女はそれをSNSに投稿したのだった。
面倒臭い。
理苑の抱く感情はそれだけに収束されていた。
そもそもこの少女に元々興味があった訳でもななく、たまたまお互い性欲の捌け口にしていただけだというのに。
いや、『お互い』というのは違ったのだろう。この少女にとっては。
理苑には誰でも同じに見えた。
皆似たような服、化粧、髪、吐く言葉まで、ここにいる人間は皆同じだった。
それは理苑にも当てはまる。
同じ人間同士が、同じ場所に集まり、同じ傷を舐めあっていた。
だからこの場所が心地いい。
ここはそういう場所だ。
有象無象のひとつに抱く執着など莫迦らしい。
「別にアユちゃんじゃなくても、おれは同じ事すると思うけど」
アユちゃんと呼ばれたその少女は、さらなる怒りで顔を真っ赤にし、もはや聞き取れない程の怒声、罵声⋯⋯いや、殆ど奇声を上げ、突然顔面蒼白になったかと思うと仰向けにぶっ倒れた。
周りにいた少年や少女らが「うわ」とか「え、倒れた?」と遠巻きに見ている。
中にはスマホのカメラを構えている者もいた。
だが少女を心から心配するような行動は誰一人としていない。
何故なら、もうこれがここの日常茶飯だからである。
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