1. 一万五千円

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「もしもーし」 「あ、理苑くん?もうすぐ着くんだけどね。悪いんだけど先にホテル行っててくれるかなぁ」  待ち合わせの相手は電話越しに申し訳なさそうに言った。それなりに馴染みの客である。 「それでね、もう一つ言ってなくて悪いんだけど、実は今回もう一人増えてもいいかなぁ」  上乗せするから、と小太りのおじさんが手を合わせているのが見えるようだった。まあいつも贔屓にしてもらっているので、別段断ることもない。翌日の身体は怠いかもしれないが。 「いいけど、今回いつもと違うホテルですよね。しかも何か高そうな……おれ入って怒られない?」  いつもは安いラブホテルで二時間コースなのに、今日はやたら高級そうなホテルを指定されていた。  男性は、はははと声を出して笑いながら言った。 「大丈夫だよ、鵜飼さんの部屋に通してくれって言えば分かるから」  常連の名前はウカイではないので、恐らくもう一人というのがその人なのだろう。  じゃあまた後で、と電話は切れた。  取り敢えず言われたホテルまで足を運ぶ。今日はかなり運がいいようだ。  上乗せ弾んで貰おうなどと考えると、次第に足も心も軽くなる。まったく、お金は心の栄養剤である。 「えーと、ここだよね」  モダンな入り口は、いかにも上流階級の造りだ。  厳しくも穏やかな空間は大理石で覆われていて、理苑の足音だけが響いている。  ホテル自体はどうやら上の階らしく、これまた立派なエレベーターに乗る。  それにしても急にこんなホテルでなんて、宝くじでも当たったのだろうか。  あるいは、電話で言っていた『もう一人』が金持ちなのか。  いずれにせよ、よほどの余裕がなければ人生で足を踏み入れることすらないであろう。  エレベーターは、ピン、という音と共に受付階へ到着し、静かに開いた。  普段のおんぼろビルであれば、ドアの開閉だけで今にも落ちるんじゃないかと思う程ガタガタ音を立てて揺れるのに。  それに閉まるのがやたら早いので、できるだけドアのすぐ側に立ち、開いた瞬間に挟まれないように素早く出入りするのがコツであるが、そんな哀しい技はこのエレベーターには必要ない。当たり前だ。
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