1. 一万五千円

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 ふかふかのカーペットが敷きつめられた廊下を進むと、フロントコンシェルジュが一礼する。  いかにも繁華街であぶれた若者のような出で立ちで、明らかにこのホテルの客層には見合わないだろうが、さすがプロである。訝しげな顔一つすることなく「ようこそいらっしゃいました」と穏やかに微笑んだ。 「あの、ウカイさんの名前を言えば分かるって言われたんですけど」  どう言えば正解なのか分からず、結局電話で聞いた通りウカイという名前を出した。 「鵜飼様ですね」  フロントコンシェルジュは、少々お待ちくださいと言って内線を掛けた。 「鵜飼様、お寛ぎのところ大変恐れ入ります。お連れ様という方がいらっしゃいましたので、お通ししてよろしいでしょうか」  いくつか言葉を交わした後、フロントコンシェルジュが丁寧に内線を切る。  そして、再びこちらを向き直ると、四十階の四〇〇一号室でございます、と言いカードキーを渡した。  ただの黒いカードキーなのに、艶を抑えたマットなデザインが上級であることを表しているように思える。  せめてエレベーターに備え付けられた姿見を見ながら髪の先をちょいちょいと直してみたが、溢れ出る高級感との差は毛ほども縮まる気はしないので諦めることにした。  四〇〇一号室は角部屋らしい、というよりこの階にはこの部屋ともう一室しかないようで、お互い広い廊下の端と端であった。  カードキーを扉に翳すと鍵が開く音がしたので、ドアノブに手をかけて恐る恐る足を踏み入れる。 「……お邪魔します」 「はい」  落ち着いた男性の声がした。  ネイビーのスーツをスラリと着こなし、黒髪の短髪を綺麗に撫である。  男は立ち上がり振り返ったと同時に、こちらを見て怪訝な顔をした。 「君は猪ノ原くんに呼ばれてきたのかな?」  イノハラというのは先程の電話相手だ。 「まぁ、はい」  どうやら歓迎ムードではないようだ。連絡に齟齬があったのか。一番大事なとこなんじゃないかなぁ、と頭を搔く。どうしようこの空気。  相手も場違いな客をどうしたものか持て余す、というような雰囲気である。  それにしても、と理苑は相手をまじまじと見つめてしまう。  美しい男だった。端正な顔立ちでありながら、スーツの上からでも分かる均整のとれた筋肉。健康的な肌艶。長くしなやかな手足や指先から生まれる洗練された所作。  どこをどう切り取っても美しい。同じ男として、生物として、明らかに格が違う。  そもそもスラムのような吐き溜めに住む男と比べられるわけがない。理苑は薄すぎる自分の肩をそっと触った。
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