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瞬間、鵜飼に体勢を奪われた。
ほら。澄ました顔をしていても皆同じだ。
少し勝ち誇ったような気持ちで、目の前の顔を見上げる。
けれどその表情は思っていたものとは違った。真っ直ぐで揺らぐことのない眼差しがこちらを捉えていた。人の眼を初めて綺麗だと思った。
「僕は君を買うことはできないよ」
鵜飼は理苑の手を押し戻し、静かにそう言った。
理苑は目を伏せた。
「お礼って言ってるのに。何、偽善?正義感?」
子供みたいな悪態しかつけない自分がもどかしい。
鵜飼は身を起こしながら「どちらもだ」と答えた。
鵜飼はどこまでもまともな大人みたいだ。
先程の痛みがまた走る。
自分が間違っていることなどとうに解りきっているのに。
コールタールのような黒くドロリとした感情が理苑を蝕んでいく。
薬。
そう、薬が必要だ。
黒く埋め尽くされる前に。
理苑は上着のポケットから錠剤シートを取り出した。別に何でもない、どこのドラッグストアでも買える市販薬だ。それを一錠ずつパキパキと掌に出していく。
ある程度出し終えて、まとめて口の中に放り込んだ。
シートが一枚無くなれば、二シート目。再び錠剤を掌の中に出す。
またそれを口に入れようとして、それは制止された。
「何で止めんの?それも偽善?」
薄ら笑いを浮かべ、理苑は吐き捨てた。ちらりと鵜飼の方を見ると、相変わらず真っ直ぐで穏やかな双眸が理苑を貫く。
嫌だなぁ、こんな風に見られるのは。
段々と薬が回ってきたのか、頭がふわふわして視界が霞む。
「僕は――」
鵜飼が何か言っていたがよく聞こえない。
理苑の記憶はそこで途切れた。
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