2.それが自分の価値なのだと識る

1/21
前へ
/29ページ
次へ

2.それが自分の価値なのだと識る

 騒がしい物音で目が覚めると、あらゆるゴミが散乱した床が目に入った。  目の前には割れた瓶の破片と強いアルコール臭を放つ液体が広がっていた。  部屋の奥では男と女が酷く言い争いをしている。  割れた酒瓶はこの男の所業だ。  莉苑(りおん)が起きたことに気が付いた女は、こちらを向き「動かないで!危ないから!」と鋭く叫んだ。  布団から這い出ようとしていた理苑は、母親の必死の形相から危険を感じ取って思わず手を引っ込めたが、その場の異様な空気と怒号に怯えて泣いた。  その泣き声に男は更に苛立ちを募らせて舌打ちした。 「うるせぇ!泣くんじゃねぇ!」  大声に反射で身体が震えた。 「やめてよ!理苑に当たらないで!」  女は悲痛な声を上げて、自分の足が破片で傷付くことも(いと)わず、息子の元へ駆け寄り男から隠すように抱き締めた。 「じゃあテメェが泣き止ませろ!テメェで勝手に産んだガキだろうが!」  男の怒声など殆ど聞こえていないかのように、女は理苑をきつく抱きながらひたすら「ごめんね」と繰り返した。  それが「怖い思いをさせてごめんね」なのか、「産んでしまってごめんね」なのか、理苑にはまだ判らなかった。  暫く怒鳴り声が続いていたが、やがて男は地鳴りのような足音を立てながら何処かへ出て行った。  こうなったら遅くまで帰って来ないことを女は知っていた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加