妖狐の血判状

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 帰り道、毎日稲荷神社(いなりじんじゃ)の前を通る。しかし、すでに神主もおらず、廃墟と化しているため、常に人気はない。街灯も少なく昼でも薄暗いため、私はいつも不気味に感じていた。  鳥居を潜った先は異次元に繋がっているのではないかという想像さえしていた程だ。  鬱蒼(うっそう)とした木々の葉が擦れ合う音は、陽光に照らされる並木道なら心地よいはずだが、この場所だけは気分が悪い。  鳥居の前を横切った時、何者かの声が私の耳をかすめた。  こちらにおいで  はじめは風の音か何かかと思い通り過ぎようとした。すると向かい風で私の体は押され、後退りをさせられた。  こちらにおいで  先ほどよりも大きな声が頭の中まで響き、私は聞き間違いでないことを確信した。神社に視線を移すと、参道の中央に一匹の白い狐が座っていた。  この地域に狐はいないはず。霊魂か何かが私に語りかけているのか。恐怖を覚え肌に(あわ)を生ずる。逃げ出そうにも足が地に張り付く。  するとその狐は身を翻し足下までやって来ると、物色するように私の周りをくるくるとまわる。 「驚かないで。私はね、其方のことを不憫に思って声をかけたのさ」  狐の口は動いておらず、まるで頭の中に直接語りかけているかのようだ。冷や汗が滴り、恐怖は頂点まで達した。 「其方は毎日耐え難いいじめを受けている。加えて家庭環境にも問題がある。両親は別れ、母親は身一つで其方を育てた。しかし精神を病み、お金も足りない。なんて不幸で可哀想な子なんだ」 「なんで、そんなこと知って?」 「見てきたからさ、毎日この道を通る其方をね」 「そ、それで何なの?」  すると狐は目を細める。表情は読めないが、きっと不敵な笑みを浮かべているのだろう。 「私が其方の力になる。そのために、ある一つの能力を授けよう」 「能力?」  狐はその場で一回跳ねた。その瞬間を目で追うことはできなかったが、視界から外れたその刹那、着地した時には妖艶(ようえん)な和服の美女にその姿を変えていた。 「狐は古来より、人を騙すための変化(へんげ)の術を持っている。私は妖狐(ようこ)。この稲荷神社に住まう妖怪さ。私と血判(けっぱん)で契りを交わせばこの能力を授けよう。さてどうする?」  徐々に恐怖心が薄まってきたため、妖狐に色々と尋ねてみることにした。 「ど、どんなものに変身できるの?」 「例えばもっと若い娘にも、スーツを着た青年にも、ありとあらゆる人の姿に変えられる。しかしこれは妖狐である私にしかできない。其方に与えられるのはすでに存在する人物の姿だけ。それでも其方には充分な力となるだろう」  話しながら次々と言った通りの姿に変身する。 「じゃあ…」  その能力が欲しい。そう口にしようとした瞬間、それを遮るように語りはじめた。
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