三、年の瀬

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 哉は櫂を人目のない路地裏に連れていく。そして鞄を足元に放り出したかと思うと、いきなりぎゅうっと抱きしめてきた。 「あの、ちょっと……哉さん」 「ごめんなさい。列車に乗る前にどうしても櫂さんの顔が見たくて」 「間に合うの? 乗り遅れたら大変だよ。切符だって高いんだから」 「走れば大丈夫です。……ああ、櫂さんを連れて帰りたいよ」 「ふふっ、何言ってるの」  櫂は抱きしめられたまま、哉の背中を優しくぽんぽんとたたいた。 「ほんの数日の帰省じゃないか。ご親族も哉さんの帰りを待ってるよ。元気な顔を見せておいで」 「櫂さんは寂しくないの?」 「もちろん私だって寂しいよ。だから年が明けたら、きっと元気にこちらに戻っておいでね」 「……はい」  哉は素直にうなずいて身体を離した。思いつめた目をして、うっすら涙までためている。まるで飼い主から引き離されてしょげかえる大きな犬のような顔だ。その純情がおかしいやら、いじらしいやら。櫂だって笑いながら、ついほだされてもらい泣きしそうになる。名残惜しい気持ちを振り払うように明るい笑顔をつくった。 「ほら、急いで。気をつけていってらっしゃい」 「櫂さん、よいお年を」 「うん。哉さんもよいお年――」  最後まで言わせずに、哉が唇を()せてくる。路地裏とはいえ、誰かが通りかからぬとは限らない。櫂は驚いて顔を背けようとしたが、強引に手首をつかまれて――というより何より、大好きな哉の口づけに抗えなくて――ほんの一瞬、舌を絡めて貪りあった。 「じゃあ、いってきます」  哉はすばやく身体をひるがえして駆けていく。  何度かこちらを振り返って手を振り、路地の角を曲がって見えなくなった。
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