エッチな奴隷とか?

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エッチな奴隷とか?

「どうしたんですか、兄貴!うっわー、君……可愛いね!」 駆け寄ってきた男を見上げて、体の力が抜けた。ジフが慌てて俺の体を後ろから支えてくれた。 嘘だろう…。 また小説の登場人物が出てきた。ジフの弟分、レッドだ。挿絵にはいつも端っこの方に描かれていたけど、人物紹介にはちゃんと出てきていた、メインキャラの一人だ。 ガッシリした体つきと、ややゴツい顔つきで、見るからにパワータイプの戦い方をするキャラだ。 傷んで赤っぽくなった茶髪、不格好ではないけれど大きめな鼻がチャームポイントで、野生系のマッチョ好きには人気のキャラだった。 リアルに再現され過ぎだ。 ちなみに彼も……主人公と出会ってから、亡くなる。 怪我からの感染症で。 「……」 「どうしたの?」 レッドの手が俺に触れようと近づいて来た。 それを避けようとジフに腕を掴まれたまま、2、3歩フラついて後ろにさがると、足に何かが当たった。 散らばった店の商品だろうか? 首を回して足下を見た。 すると、そこには……少しだけ腐った足が付いている……スニーカーが落ちていた。 「……っわあああ!!」 「おい…犬…」 色々限界だった俺は、ジフの胸に抱きついて、卒倒した。 「おい!大丈夫か!?おい!」 目も開かないし、全身の力が抜けたけれど……少しだけ、二人の声が耳に入って来る。 「で、兄貴。この凄い可愛い子は誰なんですか?」 「知らん。倒れてたから声をかけたが、記憶が無いらしい……犬の名前がどうだとか……なんつったか……ポキ……とか何とか。良くわからん。騒いで走り出して、そのうえ飛び降りようとしやがった。頭おかしいんだろうな。やっぱり捨ててくるか…」 やめて…まって……置いて行かないで。 体は指一本動かないけれど、金縛りみたいに意識が残っている。 「駄目っすよ、兄貴。死んじゃいますよ!連れて行きましょう!なにより…綺麗で可愛いし!」 お願い…レッド頑張って…。 「あぁ?役に立ちそうもねーぞ。しかもよ…コイツ…体に傷一つ無かった……信じられるか?かすり傷ひとつなかったんだぞ!普通……そんな風に生きてこられる人間がいると思うか?絶対に手を出したらヤバい案件だぞ」 「兄貴……この子の体を……全部…見たんですか……なのに……捨てるなんて……鬼畜か!!」 「はぁ!?ゾンビの噛み跡が無いか確認しただけだ!別に何でも無い!」 「酷い……きっと脅して無理矢理脱がして……この綺麗な体を…隅から隅まで……舐めるように……」 そうだった……レッドはかなりアホなキャラだった。 「あああ!うるせぇな!連れて行けばいいんだろ!くそぉ……とりあえず今日だけだぞ!」 「兄貴!大好きっす!」 もう……意識手放してもいいかな…。 願わくば……ちゃんと夢から覚めますように。 □□□□  目が覚めた時に、一番先に目に入ってきたのは、隣のベッドで眠るジフの顔だった。ここは小説にも出てきたジフ達のねぐらにしている郊外の食品工場だろうか?工場の事務室を片付けて彼らの寝室として使用していたはず。 たしか彼らは此処で見張りを交代しながら就寝していた。 部屋には、二段ベッドが三つ、等間隔で並んでいる。 俺のベッドの上から誰かのいびきが聞こえる。 俺はジフの寝顔をジッと見つめた。 ジフの細い目は、寝ていると一本の線だ。寝ているのに眉間に皺が寄っている。強面の寝顔って…うん……何か可愛い……じゃない!! 「あれ?夢、覚めてない」 深いため息を吐いて、体を起こし自分の頭をベシベシと叩いた。頭に感じる痛みに、より今が現実であると感じ、気分が暗くなり唇をギュッと噛みしめ俯いた。 「お前何やってんだ……」 俺の動く気配で目覚めたジフが、腕枕で寝そべり不審者でも見るような目を向けてきた。 「あの!夢から覚める方法って知ってますか?」 俺は掛けられていた布を剥いで、ジフのベッドへと乗り込んだ。驚いたジフは、起き上がってベッドの上を後ずさった。 「はぁ?しらねぇよ。起きてんだろうが」 ジフは眉間に皺を寄せて目を顰めた。でも俺は、更に近づいて、ジフの立てた膝に手を置いたけれど、バシっと振り払らわれた。 「……」 そんなに拒絶しなくったっていいじゃん。俺は、しょんぼりと俯いた。 「お前…やっぱり……仲間に捨てられたのか?相当とんでもない事したんだろ?じゃなきゃ、その顔で捨てられないだろ……」 ジフは、俺の顔をジッと見つめた。 そんな顔……今の顔は確か、茶色い瞳に、淡いラベンダーピンクの髪。男と思えない程、白くて綺麗な肌。何もかもが綺麗な年齢不詳の少年のような男だった。 でも、この小説の設定ならば、女性が滅びてもう20年は経過したから、20歳以上だよな。 というか、俺はどうなっているんだ? これは夢じゃなかったの? 現実? 「ちょっと叩いてくれません?」 ジフのゴツゴツした大きな手を掴んで頼んだ。 「はぁああ?」 「バシッと目が覚めるような一発を!」 明らかに引いているジフが手を引き抜いた。そして自分の手と俺の顔を交互に見た。 「さぁ!」 「……す、するか、アホ!」 「なんで!もーじゃあ、自分で」 「おい…」 俺は気合を入れて、目をぎゅっと瞑り、拳を握り締めた。なぜかタコみたいに頬に空気をためてしまったが、別に良いや。 ちゃんと目が覚めるように、思いっきり行くぞ!! 俺は、自分の頬めがけ腕を動かした。 「っ!」 腕が上がらなかった。俺の全力の拳は、ジフの片手で引き止められた。 振り払おうとするけど、ビクともしない。 「お前……やっぱり噛まれてんじゃないのか?行動が不審すぎる」 ジフが、俺を押し倒して右手をベッドに押し付け、緩い白Tシャツをペラリと捲った。それからくるっと裏返しされて、お医者さんみたいに後ろも見られる。 「……下か?」 今度はうつ伏せで、短パンがパンツごと引き下ろされる。お尻が肌寒い。 「兄貴!!だめっすよ!!」 床が揺れる振動と共に、二段ベッドから飛び降りたレッドが叫び、ジフを羽交い締めにした。 「いくら、どストライクでも!兄貴の大好きな清純そうな可愛い子でも!合意のない行為は、駄目です!!見損なったっす!!」 「ふざけんな!放せ!そんなわけねーだろ、こんなクソ餓鬼に!」 「うわあ」 ジフが怒って、自分よりも大きいレッドを投げ飛ばした。すごっ……今、ヒョイってレッドが飛んでったよ!さすがジフ!格好いい! 倒れたレッドは床に仰向けで、キョトンとした顔をしていて何だか可愛い。巨体マッチョなのに。 「大丈夫?」 俺は、ズボンを引き上げてベッドを降りた。 「君こそ大丈夫?」 起き上がったレッドが犬のおすわりポーズで聞いてきた。うん……小説通り犬っぽい。 「俺は、そいつがまた変な事始めたから、やっぱり噛まれてんじゃないかとな!」 ジフが、俺を何度も指差しながら怒っている。 「そうやって、またこの子の体を見ようと思ったんですか!」 レッドが俺を庇うように肩に手を置いた。 「黙れ、アホが!あーー、クソ!もういい!」 腕を組んでベッドに腰掛けたジフが、顔を逸らした。 「えっと……君は、ポチくんだっけ?どこから来たのか本当に覚えていない?」 覚えていないわけじゃないが、どうなんだろう?ここで『ここは俺の夢の中で、二人は小説の登場人物で……そのうち死にます』っ言うの?また、ゾンビにやられた奴だって疑われるよね。 「……」 本当に何なんだろう今の状況は。 何とも答えられず、困ってレッドを見上げる。 「そんな泣きそうな顔で見つめないで!胸が痛い!心配しないで、兄貴は凶悪で薄情そうな顔してるけど、実は情に厚い男だから、ここに置いてくれるよ!ね、兄貴!」 「はぁ?お断りだ!絶対、そいつは何かある!傷一つないなんて普通じゃない、倒れていた近くでバイクも車両も見てない。街中は所々水没してる、通れる道は限られる。どうやってアソコに?野生動物だって、ゾンビだっているんだぞ。絶対何か変だ」 そうだよね。俺だって変だって思うよ。仲間思いのジフなら余計に警戒するよね。ここの最年長でリーダー的存在だもんね。 とりあえず、ここを出るのが正解だろうか?どうすれば、この悪夢から覚める? そもそも、最後の記憶ってなんだっけ? ジフが死んでしまう事に怒って、小説にケチをつけて、次の巻を買いに行った。 ん?まさか……物語の世界に転生!?いやいや、俺死んでないし! 死んでない、よねぇ?ん?……よく覚えてない。 いや…転生とかってアレでしょ?トラックに轢かれたりして死んで、光の世界で神様とか出てきて、都合よく状況説明とか、なんか元の世界に戻れる条件とか説明してくれるんだよね? ちょっと、神様に呼びかけてみようかな。 でも、駄目だ。誰も居ない所に行かないと。突然神様と交信しはじめたりしたら、怪しすぎる。 「あの!すいません! 俺、失礼しますね!」 「えっ?」「はぁ??」 立ち上がって、走り出す俺に二人が驚いているけれど、お構い無しに、部屋の扉を開けた。軋んだ鉄のドア重い。 「ちょっと待って! あっ……兄貴! 兄貴が酷い事言うからっすよ! 追いかけて」 「なんでだよ……ほ、放っておけ」 後ろから二人の言い争う声が聞こえた。 中々、出口が見当たらず、関係ない扉ばかり開けて、中庭みたいな場所にでた。 まぁここで良いか。 俺は天を仰いだ。朝日が眩しい。 「神様、仏様、女神様……お願いします。出てきてください。今の状況を教えてください。どうしたら帰れます?これは夢ですか?このポチって嫌がらせですか?」 両手を広げてみたり、祈るように組んでみたり、色々試すが何も起こらない。 「あれか、チートとかある?ステータスオープン!」 何も起こらない。 超人パワーとか授かったかと思い、手近なコンクリートの壁を殴ってみたけど、只々痛くて擦り剥けた。血が浮かんでいる。 「痛い……普通に痛い……神様……俺が一体どんな悪行を働いたっていうんですか……」 混乱も極まると、ぐったりしてくる。 ポタポタ涙が流れて来た。 俺は、腐りかけたベンチに座って、情けないけれど……泣いた。 視線の先には、動物なのか人間なのか分からない骨が落ちている。 ゾクゾクと悪寒がする。ベンチの端っこに移動して、違う方向を向くと、今度は、目に入ったコンクリートの壁に何かが飛び散ったような黒い染みがある。 「……」 俺、ここで死ぬのかな。 死んだら、都合良く元の世界に戻れるのかな。でも、死ぬってどうやって? 「嫌だ……ゾンビに噛まれて、ゾンビになって死ぬなんて嫌だよぉ……うっ……うぇ……」 よりにもよって、なぜ屍街世界。女性は居ないし、BLだし、ゾンビ居るし、動物は野生に戻っちゃったし、病気になっても医者も居ない。医者キャラいたけど、現代人が求めるようなアレじゃない。怪我も病気も絶対に患いたくない!よく、この世界で誰かを庇おうなんて思えるよ……すごくない?俺だったら絶対に無理だよ、超怖い。 確か、食べるものや飲み物には、そんなに困ってないみたいだけど……俺が一人で生きていける世界じゃない。 「うっ……うー、どうしよう……うぇぇ」 俺は、特技も専門知識も無い、ただのフリーターだ。 どうする?どうしたら生きていける?ここで泣いていてもしょうがないのは理解しているが、涙が止まらない。なにせ俺はキングオブ平凡。つまらない人間なのだ。 とりあえず、ジフのこのグループに所属させて貰わないと死ぬ。その事は分かっている。 でも、ジフは俺を追い出したいみたいだ。困った! 困ったぞ。 とにかくジフにもう一度、会わないと、そう思って涙をゴシゴシ拭った。 そういえば、まだティッシュは絶滅してないのかなと、どうでも良いことが頭に浮かんだ。 顔をパンパンと2回叩いて気合を入れ、立ち上がった。 夢中で走って来たから、どうすれば戻れるのか分からない。妙な生物に遭遇しないように、慎重にコソコソと移動を始めた。 「角からゾンビとか、野犬とか怖すぎる……」 スパイにでもなったように、壁面に沿って移動する。右折する角に行き当たって、ひょっこりと顔だけ出して先をみると、少し先の階段から駆け下りて来て、キョロキョロ何かを探しているジフを発見した。 何だろう、緊急事態? 腰に拳銃のホルスターとナイフを差して武装してるし、黒のキャップ被っている。これから出かけるのかな? 「あっあの!!」 覗いていた角から身を乗り出して、少し先のジフに声をかけると、ジフは素早く銃を構えて振り返った。怖い!! 「撃たないで!ポチです!犬です!」 その場にしゃがみ込んで、頭を抱えた。 ジフが早足でこちらに来る。銃はホルスターにしまってくれた。よかった撃ち殺す気はないみたいだ。 「お前、どこ行ってたんだ!くそっ……面倒くせぇな」 「?」 頭から手を離して、ジフを見上げた。しゃがんでいるから、背の高いジフの顔が遠い。 もしかして、探してくれていたのだろうか?レッドに言われて仕方なくだろうけど。 「あの!」 「ああ?」 立ち上がって何とかジフのグループに入れて貰えないかと言おうとしたけれど、凄く嫌そうな顔で見下ろされ、固まる。うん、あの顔はきっと口元の傷のせいで引きつっているだけで……きっとそんなに不機嫌じゃ無い!そう!そうだよ! 「あの……俺…」 ジフの眉が、ぐっと寄って顰めっ面になった。キャップもちょっと動いたよ。険しい顔すぎてさ……。 元々細く切れ長な目が、もう閉じ掛けている。 「何だ、さっさと言え」 早く、早く言わなきゃ!頼まなきゃ! 「俺を貴方の犬にして下さい!」 「……」 「あっ、犬って野犬みたいなんじゃなくて!えっと、何て言うか、パートナー?違う、違う、おこがましい。あの……あなたの奴隷にしてください!」 細い小顔の下に位置する、広い肩にぶら下がるように縋り付いた。さすが戦う男、胸板が厚い。 「……」 あれ?ジフが違う世界に行ってしまっている? 俺の事、見えている? 「出来る事なら何でもします!」 「お前……何か思い出したのか?他の場所でもそうやって生きてきたのか?」 「……ちょと覚えてないですけど……そうなのかな?」 まぁ、現代日本では誰でも出来るような雑用的なアルバイトをしてました。とくに特技はないので。 「……俺はお前にそういう興味は無い!」 「そういう?どういう?」 「なっ!……そういうって言ったら、アレだろうが!」 何故かジフが焦っている。いつもは低くて落ち着いた声がちょっと高くなってる。 「はぁ……アレ?……あれ……あっ!もしかして、エッチなやつですか?」 「ぶっ!!お前!!」 そうか、そうか。そうだな、ここはBL世界。いくら脇役でもね。それに、今は可愛い顔しているんだっけ、俺。まじで、どうせなら筋骨隆々の戦闘に向いている男にして欲しかった、切実に。 「わかってます。大丈夫です。貴方には大人でクールな人が似合うと思います!」 そうそう、主人公に惹かれるとジフは死んでしまうから、そこだけは避けて欲しいけど。 皮肉屋っぽいけど、実は仲間には優しい人情派なジフには、こう姐さん女房みたいな人が似合う……女性はいないけど……うわぁ複雑だ。男の姐さん女房。 「……お前、そもそも何ができるんだ?銃は?ナイフは?何か詳しい知識……なんてあるわけねーよな、記憶もないし」 やばい。まじでアピールできるポイントが無い。 かくなる上は、この新しい可愛いっぽい体を活かすしかないのか。俺のジフへの憧れは、単純に人間として惚れただけだけど、ゾンビに食われ、ゾンビ化するくらいなら……男のペニスを手とかで何とかする方がましだ。 目の前のジフの顔と、ジフの股間をチラ、チラと見て考える。 うん、イケるかもしれない。ジフのチンコなら触れるかも。 「……やっぱり……エッチな方に挑戦してもいいですか?」 「やめろ!変な想像をするな!興味ないと言っている!」 股間を手で隠して後ろにさがったジフが可愛いかもしれない。あれ?イケる!面白そう。 「だって、それ位しか思いつかないし!やってみましょうよ、性奴隷。夜のお世話係にしてください」 「なっ……おまっ…おまえ!」 この顔なら許されるかも知れないと、ジフの腰に抱きついた。ぶら下がっている武器が怖いから、触らないように。体格差があるから、俺の顔がジフの胸に埋まる。 「兄貴!!何やってるんですか!!」 「うおぉ!」 凄い剣幕のレッドが、ドタドタと走ってきた。そして、ジフから引き剥がされ、後ろに庇われる。 「性奴隷とか、夜のお世話とか聞こえったっす!まさか……兄貴がそんな、ムッツリ助平最低親父だったなんて!クソ野郎じゃないっすか!これだから、巨根は!全く…一丁余計にぶら下げてるからですよ!」 なんだか……只々悪口を言っていませんか、レッドさん。ジフの口がポカーンて開いちゃってます! 「ふ……ふざけんな!だ、誰がこんなのと……」 レッドに口では勝てない、口下手なジフは言葉に詰まりながら、怒っている。 「そうですよ、レッドさん!俺の方から兄貴に頼んでるんです」 「テメーが兄貴って呼ぶな!」 いや、だってまだ名前聞いてないから呼んだら不味いかと思って。 「……兄貴はこの子を見て庇護欲がそそられないんですか?見てくださいよ、この可愛い顔、細くて綺麗なバランス良い身体!伝説の遺産アニメーションみたいなラベンダーピンクの髪の毛!まさに、二次元!俺の大好きな、少女漫画の主人公みたいです!」 あれ?レッドって漫画オタクなの?ていうか……その少女漫画の主人公って、まさか少女の方じゃないよね?もちろん、男子の方だよね?怖いよ、BLの世界!女性の居ない世界。火のない所に、煙求めすぎじゃない? 比較対象がマッチョばかりだからって、俺を少女漫画化しないでくれ。 ん……いや…今の姿一回しか見てないけど……男の子に見えたよちゃんと。 「あー、もう黙れ。そいつはお前に任せる。今日からお前の弟分だ!ちゃんと面倒見ろよ!」 「兄貴!!ありがとうございます!」 「ありがとうございます!」 レッドが体を二つ折りにして頭を下げたので、俺も真似をした。 レッドのおかげで、とりあえず即死亡コースから逃れる事ができた。 ただ、心配なのは、二人は小説の主人公くんに出会い恋に落ち、その恋が叶わず死ぬって事だ。それだけは何とか避けなければ! それには、どうすれば? 1、出会わないようにする。どうかな?無理かな? 2、主人公と出会う前に、レッドとジフをくっつける。あー、んー様子見で。 3、主人公をジフとレッドのどちらかとくっつけるか、三角関係にする。どうなの? 4、まだ未定。少し様子をみる。 まだ4だよね。 よし、とにかく何があっても生き残れるように頑張らないと。 □□□□□ 屍街世界の生活は、大変だ。 今は、お料理中だ。生き残った技術者たちが作ってくれた雨水を浄水する大型の装置がビルの上にあった。屋上で一緒にじゃがいもの皮を剥きながら、飛んでくる鳥にレッドが発砲したのには驚いた。 「ここのリーダーは、ジフの兄貴で、とにかく強い。俺はレッド。他には一人が暮らしてて、ちょっと離れた場所に何かあれば協力するグループが2つあるんだぜ。このへんは都心から離れているから、ゾンビは少なくて、野生動物が多い。ポチが倒れてた神宿のあたりは結構道が水没してて暮らしにくいから生活してるグループは少ない。海側は工場多くて爆発して燃えまくったし、汚染が酷いし……もしポチが寛東に居たなら、下野の人に聞いてみようか?それとなく」 レッドが、かまどに火を入れながら、 人類に起きた事や、ゾンビの事、このグループの事を教えてくれた。レッドの言葉の中には、ジフへの感謝や尊敬の気持ちが溢れていて、ジフの話になるとニコニコ笑っていた。やはり彼は、みんなに慕われているんだなぁと感じる。 そして話している間にも、手際良く、かまどに火をつけて鍋に湯を沸かしている。俺は、その間、不器用に野菜の皮を剥くだけだ。今までご飯といえば、パンとか仕事帰りに買う売れ残りの弁当ばかりで、料理なんてしてなかった。あの現代の便利な設備があってなおだ。 こんな何でも一からやらなければならない事に、改めて別の世界だと思う。電気もガスも水道も通ってない。とても不便だ。 それでも過去の人達が知恵を絞って残してくれたものも有る。凄いなぁ、 「どうなんでしょうか……もし俺が問題を起こした人間だったらアレなんで、過去を探すのは遠慮しておきます……」 この体が、新しくできたものなのか、誰かのものだったのか分からないし。 もし、この前の所有者が居て、何かやらかしていたら困る。ポチ腕輪を贈るような奴がいても嫌だし。 「そっか。あのね、ジフの兄貴は顔は怖いし言い方キツイ事もあるけど本当は優しいから、心配すんな!俺も弟分ができて嬉しいし!しかも、ポチ、メチャクチャ可愛いし!!」 レッドの巨体から繰り出される、慰めの背中バシバシは咽せる程強い。さすがゴリラ級のマッチョ。 「可愛い……ですか。俺はレッドさんみたいに逞しい体になりたかったです」 外見が変わっていることは理解しているけれど、まだイマイチ脳が認知してない。 それに、可愛いって別に嬉しくない。男の可愛いって何も得が無い。しかもこんなサバイバルの世界で。力が全てなのに、此処は。 「そうか?あ、それ此処に入れて」 「はい」 鍋の中には、レッドが用意したニンジンと葉物野菜が入っている。 ジャガイモを鍋に恐る恐る投入しながら、レッドの手に握られている調味料のボトルが気になっている。そ…それは……まさか、人類の遺産ですか。製造年月日はいつのものでしょうか……皆さんが普段口にしていて大丈夫なら……きっと俺も大丈夫だ。 心臓の鼓動が凄く五月蠅い。つい鍋を見ながら引きつった微笑みが止まらない。 食中毒とか心配だけど、乗り越えないと、飢え死にする。 「レッド……鶏、しめた」 ドクドクと醤油を鍋に注ぐレッドを見つめていると、階段のドアが開いて屋上に男がやって来た。 全身黒づくめで、見るからに美形オーラを出している。この人はもしや、あのキャラでは? 「あぁ、ありがと、豹兒(ひょうじ)。ちょうだい」 「……」 やっぱり、このグループナンバー2の戦闘能力を持つ豹兒だ。 小説に書いてあった通り、センター分けにしたショーットカットの艶やかな黒髪、細めの卵形の顔に、ツンと立った鼻と目尻が吊り上がったパッチリした奥二重の猫のような目。少しふっくらした朱色の唇。全てが魅力的に融合していて、このグループの美形キャラなのだ。 まさに黒豹みたいに美しく強い男だ。右耳に輝くピンクのダイヤのピアスが印象的だ。 歩いているだけなのに、その無駄の無いしなやかな動きに目を惹かれる。 読者にも大変人気があったけれど、彼は主人公に恋をしなかった。彼の心は猫のように自由で、まだ恋愛に興味が無いキャラだった。 彼の手には、首の無い処理の終わった鳥が揺れていた。 「……」 出身が田舎だったから、子供の頃に近所のじいさんが、鶏をしめていたのを目撃したことがあるから、そこまで驚かないけど、やはり現代人には見慣れないものでギョッとする。 「あっ、豹兒。もう聞いたかも知れないけど、新しい仲間のポチだよ。ポチこの人は豹兒っていうんだ。まだ若干20で兄貴の右腕。大体なんでも出来ちゃう凄い奴なんだぜ」 レッドが鶏を引き取って紹介してくれた。20って事は、あのゾンビ騒ぎの頃に産まれたんだ。そしてお母さんは……と、考えるとリアルに切ない。 「ポチです、よろしくお願いします!」 俺は、豹兒さんに向かって頭を下げて手を差し出した。 挿絵では、日本刀を振り回して戦う豹兒の姿が、ジフの後ろに描かれていることが多かった。 それは、背中を預けられる相棒という感じで凄く格好よかった。 4巻でジフが死んだときに、一番悲しんで涙を流したのは豹兒だ。そして、ジフもレッドも居なくなった主人公のグループから離れ、本当の一匹狼になってしまった。 ま…まさか……豹兒ってジフのことが? 俺は心臓がドキドキした。豹兒とジフってお似合いかも。二人とも格好いいし、男同士の信頼からうまれる愛情みたいなの良いかも! はっ!!俺……すっかりBL世界に洗脳されている?? 「よろしく……俺、今、手…鶏臭いから」 声を張らずにポツポツと喋る豹兒は小説のイメージそのものだった。そして、俺の差し出した手は、行き場を失ったので、そっと下ろした。 「……君、何歳」 「えっ?」 すぐに俺への興味なんて無くなって話が終わると思っていたので驚いた。目の前に立つ背の高い豹兒が意外と近くに立って俺を眺めている。なんだろう……野良猫に興味を持たれて観察され、動けない人間みたいな感じ? 「俺より、若いの見たこと無いから……変な感じ」 そうか!そうだよね。20歳以下が産まれてないもんね、この世界。中には極少人数、ウィルスに倒れなかった女性も居たかもしれないけど、そんな人もかなりゾンビにやられちゃっているだろうし。 豹兒は、もしかしたら年下にあったことがないのか。 「ポチは記憶がないんだ」 レッドが言うと豹兒は、表情は殆ど変わってないけれど、キョトンとした目をしている。 「そうなんです、俺…何歳なんだろ」 「見た感じ、17歳くらいじゃない」 レッドが俺の鶏の鍋の灰汁を取りながら、俺の顔を眺めて予想した。 「15歳」 豹兒が着ている薄い黒の長袖を引っ張って、自分の手を布で覆ってから俺の頬をつまんだ。鶏臭いと言っていたから気を遣ってくれたのかな。 「意外と大人じゃないですか?23とか」 中身の実年齢を言ってみた。 「ポチ、ソレは無い。豹兒より上はない」 「ない」 二人にハッキリと否定された。 いや、思うけど現代の感覚でいうと、豹兒さん実年齢よりも凄く落ち着いて見えるから。このサバイバルな世の中を生き残って来れた強さみたいなの滲み出ているから。昨日降って湧いた俺には、平和ぼけしている幼さが内側から出ているのもあると思う。まぁ、この体が童顔っぽいっていうのもあるし。 「じゃあ、豹兒さんのちょっとあとに産まれたってことにします。豹兒さん、誕生日は?」 「誕生日……多分、冬」 ああ…、余計なことを聞いてしまったかも。また世界のギャップが。もはや、カレンダーとか作ってないし、今が何月何日とか誰も気にしていないかも。 「ポチは春生まれっぽいよ。頭お花みたいな色だし。今、春だから、ポチも20歳かな」 髪の色の印象って強烈だよね。この頭地毛なのかな?後から黒色生えてくるかな?よく分からないけど、この体の親が妊娠中にゾンビウィルスにかかって、突然変異してこの髪の色とか? 「弟分」 豹兒が目を丸くして、心なしかキラキラさせている。 えっ…なにその初めて見る玩具を与えられた感じ。年下の人間が希少価値のある世界って悲しい。 でも、確かにそうかもしれない。サバイバルでいつ死ぬか分からないけど、順当に生き続ければ、豹兒が最後の世代になるもんね。それってめちゃくちゃ寂しいよね。誰も居なくなる世界って悲し過ぎる。でも……なぜ、原作の豹兒は主人公のグループを離れ、一人を選んだのだろう?猫っぽいけど人が好きそうに見えるのに。 「よかったな、豹兒。弟分が出来て」 レッドが嬉しそうに声をかけると、豹兒はぷいっと顔を逸らして背を向けた。 「畑の金網、修理してくる」 「あっ!お手伝い出来る事は!?」 「無い。外は危ない。気が散る」 豹兒が屋上から走り去ってく。殆ど足音もしないし早かった。さすが読者に黒豹っていわれるキャラだ。 「豹兒、凄く嬉しそうだったな」 レッドが歯を見せて笑っている。 「そうでしょうか?俺、どう考えても……皆さんのお荷物なんですけど」 現状、レベル1の冒険者で特殊スキルも特技も無い。 高レベルのパーティーに加わったお荷物キャラだよね。 今日から筋トレしよう。後は……本気でエロい方のお仕事とか?タダ飯を食べるよりは、その方が気持ちが楽かもしれない!水商売も立派な仕事……。 「ここまで数が減ると、人間同士、できるだけ助け合わないとな。誰も一人じゃ生きていけない」 鍋に視線を落としたレッドの顔は、とても寂しそうに見えた。 小説では何も語られていないけど、ジフのグループは子供の頃から一緒にいたわけじゃない。皆それぞれ、一緒に過ごした人がいたはずで……きっと望まない別れを一杯したんだろうな。 俺も、もう家族は居ないけれど……。 「……」 何も言えずに、コンクリートの亀裂を眺めていると、再び屋上のドアが開いた。 「……おい、豹兒の奴、どうしたんだ?笑ってたぞ、顔が。ニヤって……明日は雨じゃねぇーか?」 ジフがこちらに歩きながら、何度も屋上へと繋がる階段を振り返った。 そんなに豹兒の笑顔って貴重なの? 「弟分のポチが来たのが嬉しかったんすよ」 「ああ?この足手纏いが?」 俺を指さして鼻で笑ったジフが、キャップを取り、リュックを下ろした。 「豹兒、同年代が殆ど居ないっすから」 「……良かったな犬、若くて」 ジフの笑みは、口元の傷のせいもあり、凄く皮肉っぽく見えた。 彼のいうことは、まさにその通りなんだけど、つい余計な事言っちゃうところが、主人公との恋路の障害になったんだと思う。いや、ジフの言うことは100%正しいんだけどね。 「ジフは、若い男は好きですか?俺みたいな外見よりも、やっぱり格好いい大人な男が良いですか?ジフさえ良ければ、今からでも……エロい奴隷頑張ります」 半分本気でジフを見てガッツポーズをした。 「おまっ!!だから間に合っているっていってるだろうが!あっ!くそ!お前、豹兒を変な毒牙にかけるなよ!」 「それは……まさか豹兒さんを取られまいとする嫉妬ですか!?」 はっ!!まただ!すっかりBL脳に毒されている。えっ…この世界にはびこったのはBLウィルス……いやいや、そんな事無い! 「はぁあ!?お前は見た目だけじゃ無くて、頭の中までお花畑なのか!」 「見た目お花畑って、可愛いって思ってるってことっすね!グループ内三角関係ですか!?うわー、いよいよ少女漫画みたいっすね!いてぇ!!」 「レッド!お前まで頭に花咲かせるな」 ジフは竈の前の椅子に座るレッドの太い足を蹴りつけ、リュックから取り出した梨を二つ俺に押しつけた。怒っているジフの頭で結んだ髪の毛が、短い尻尾みたいに揺れているのが何だか可愛くて、小さく笑ってしまった。 「頭に花を咲かせましょう」 つい調子に乗って、はなさかじいさんのように、空中に灰を捲くフリをした。 「あははは」 レッドがお玉で鍋を叩きながら笑っている。どうやら彼は沸点の低い笑い上戸のようだ。 「……アホすぎる」 ジフがぐったりとしゃがみ込んだので、その髪の尻尾をギュッと左右に引っ張り、髪を枝分かれさせた。 「咲きました!」 「あはははは」 「ポチ!!このクソ犬!」 俺の頬はタコよりも口が突き出るほど掴まれたけれど、全然痛くはなかった
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