戦闘開始

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戦闘開始

 ダリウスが来てから一週間。俺達はいつも通りの日常を送っていた。敵を迎え撃つ準備は着々と進んでいるらしく、ジフが「さっさと攻めてこねぇなんて……芋野郎は馬鹿なのか?俺だったら、相手に準備する時間を与えねぇけどな」とぼやいていた。それに対して、蒼陽が「アイツの周囲には、アイツより強い人間が居なかったので…傲慢でした。でも……自分の目的の為には、何処までも身勝手になって想像もつかない事をする……それがアイツの怖さです」と語っていた。  なんて面倒くさくて嫌なやつなんだ。  でもさ……アイツが攻めてくるってことは……アイツと、いるかもしれないアイツの仲間と……戦うってことじゃん? 「なんで……ゾンビに人類が、滅ぼされそうな世界で……人間と戦おうと思うんだろうね……アイツ……」  俺は玉ねぎ畑の雑草を抜きながら、物置から肥料を出している豹兒に声を掛けた。豹兒なら、麦わら帽子も似合いそうだけど、被っているのは黒のキャップだ。秋になって肌寒くなってきたけど、筋肉質な俺以外の皆は、相変わらず半袖だ。それなのに、なぜか彼らは俺に上着を着せたがる。先日ジフが、どこからか持ってきた、ジャストサイズの水色と白のウィンドブレーカーをくれた。必要ないのにタグにpochiと書いて。 「……今、世界に生き残っている人類は……強いか、ずる賢いか……運が良いかだから……優しく控えめな人間なんて殆どいない。まともな奴のが少ない」  豹兒の答えに胸が詰まる。そうだよな……ゾンビウィルスが流行って、暫くは世界中がゾンビだらけになったんだもんね。今は落ち着いているけど、壮絶な世界だったはずだ……。 「アイツも……昔は、普通だったのかなぁ……」  何となく、そう思った。確か二十五歳ぐらいだよね?じゃあ、五歳で世界が変わっちゃったわけで……。 「ポチ。仲間以外の過去とか、考えない方が良いよ。今は敵だから。一瞬の躊躇いが命取りになる」 「ご…ごめん」  不適切な発言だった。そうだよな!アイツは敵。豹兒の士気を下げる様なこと言ってどうするんだ。気まずくて、こちらに歩いてきた豹兒を見ることが出来ず、地面の雑草に集中した。 「ポチ……もしも、俺達の居ない時に、襲われたら……絶対に相手を撃って。何発も」  俺の目の前にしゃがんだ豹兒が俺の肩を掴んだ。  目が、怖いくらいに真剣で……圧倒される。 「わ…分かってるよ」  その為に射撃の練習もしているし、ジフと野生動物の駆除もやった。 「……」  豹兒の目が俺を信用していない。 「俺だって、死にたく無くないし、痛い思いしたくないから、きっと全然躊躇わない!その時がきたら、我が身可愛さに行動するもんでしょ?」  きっと相手の事なんて考える余裕なんてない……たぶん。俺は、そんなに聖人君子じゃないよ。 「覚えて置いて……俺にとって……ポチが一番大事だから……俺の大事なポチを、守って……俺の為に」  一言、一言、豹兒は、俺に言い聞かせるように言った。その声も目も、雰囲気もとても真剣で、俺を大切に思ってくれる気持ちが伝わってきた。 「じゃ、じゃあ……豹兒も俺の為に、豹兒を怪我させないでね」 「…ああ」  頷いた豹兒の顔が近づいて、ちゅっと一度だけ口付けて離れた。   □□□□  ジフは、下野の人たちや、周囲のグループと連携して、周辺の警戒に当たっているらしい。ラジコンヘリとか飛ばしている姿は、一瞬遊んでいるのかと思ったけど、戻ってきたヘリからデジカメ取って映像チェックしたり、機械イジっている姿をみて「ジフ格好いいね……なんでも出来るね」と言ったら「惚れても良いぜ」と返されたので、「悪いオッサンだ……悪い大人の典型だ」と騒いでたら、レッドが来て「それ、あれっすよ、漫画で言うところの、夜顔とか浮気系のやつっすよ。俺、何みても言いませんから!」と興奮していた。 「そろそろ、あちらさんも動きそうだな……」  俺達は全員、会議室に集められた。ジフの一言を聞いて、心臓がドキドキと暴れ出した。手に汗をかいて、自分が緊張しているのを実感する。俺以外のメンバーは皆、いつも通りに見える。 「どんな感じなんっすか、向こうは」  レッドが防弾チョッキを身につけながら聞いた。 「まぁ……ぶっちゃけ、ゾンビだ」 「へ?」  ジフの言葉に変な声が出てしまった。  ゾンビ?なんでゾンビ?え?ダリウスってゾンビになっちゃったの? 「アイツ……仲間を、わざとゾンビに変えたんですか?」  窓際の席に座る蒼陽がグッと拳を握りしめた。  仲間をわざとゾンビに変えた??俺は、意味が分からなくて何度も首を傾げた。 「そうだ。以前、ゾンビ討伐の軍の基地だった場所に、芋野郎は取り巻きを集めた。そこで、そいつらを襲って、捕まえてきたゾンビと地下壕に突っ込んだ」 「意味が……わかんない……」 「……ポチ」  俺は、とても現実とは思えない、極悪非道な行いに気持ち悪くなった。 隣に座っている豹兒が俺の肩を抱いて、水を差しだしてくれたけど、今は飲める気分じゃ無いから、水筒をテーブルに置いて豹兒の手を握った。 「恐らく、それから今日まで、全員がゾンビになるのを待った」  あの男……自分勝手に元仲間を傷つけて、ゾンビ化するのを……見てたの?そんな……そんな人間いるの?つい先日、アイツにも悲しい過去がなんて考えた自分の甘さが恥ずかしい。アイツは……もはや、人の心があるとは思えない。 「恐らく、こちらの偵察は気づかれてない。まぁ…気づかれてもヤルことは、変わんねぇけどよ……アイツは、ゾンビを引き攣れて、此処に乗り込んでくる予定みたいだぜ。偵察の奴が言うには……ゾンビにも飛び道具以外の武器を用意しているんだそうだ……馬鹿なのか、よほど自信があるのか……自分が殺られるとは思ってねぇ」  ジフが指切りのグローブをはめて、何度か指を握って感触を確かめている。 「追いつかれて刺し殺されれば良いのに……とは思いますが、アイツがゾンビ化するのも面倒なので、動けなくしたら脳幹撃ち抜きます」  今日は少しも笑わない蒼陽が、拳銃に弾を補填しながら言った。 「……配置は」  俺の手を離した豹兒は、テーブルに置かれているボディアーマーを頭から被って、調節を始めた。 「俺、最前線貰うっす。久々に殺しまくって良いっすよね?人間相手なら胸くそ悪いっすけど、ゾンビと悪魔相手なら遠慮いらねっすね」  レッドは普段とは違う笑顔で、用意された武器の中から色々な物を選んでいる。 「俺とレッドが敷地内バリケードの最前線、豹兒が中盤、蒼陽が終盤、あの芋野郎を始末しろ」  ジフの指示に三人が返事をした。 「ジフ!俺は?」  俺は、挙手して聞いた。 「お前は建物の中で無線の前で待機。指示があれば従え」  恐らく戦闘要員にはして貰えないと思っていたけど……やっぱりか。それは、そうだよね。ここに居る皆は、戦う事で生き残ってきた人間の中でも、特別に強い男達だ。そこに俺が入ってもお荷物でしか無く、皆が戦いに集中できなくなる。 「はい」  俺に出来る事は、彼らの邪魔にならないこと、足を引っ張らないことだ。  悔しい……こんなに大事な人達が、死ぬかもしれないのに……自分には何も出来る事が無い。  彼らが戦っている間、祈ることくらいしか出来ない。俺って一体……何の為に、ここに転生したのだろう。原作で死ぬことになった、レッドは、ジフは大丈夫だろうか……原作と流れが変わったことで、豹兒や蒼陽の運命も変わってしまったりしないだろうか?本当に俺に出来る事は無いのだろうか? 「ポチ!ポチ!」 「あっ……」  ジフに返事をしてから、一人で考え込んでいたら、いつの間にか俺の目の前に立った豹兒が居た。 「……大丈夫?」  これから戦いに行くのは豹兒なのに、俺が心配そうに見つめられた。 「ごめん!大丈夫!」  豹兒が俺の背中を優しく撫でた。その大きな手が温かくて、泣きそうになる。  この世界が小説世界だとしても……俺達は只の登場人物じゃないんだ。生きているんだ。脇役なんかじゃない。誰にも死んで欲しくない。 「俺達を舐めてんじゃねーぞ、ゾンビ退治ぐらいで深刻な顔すんな、辛気くせぇな」  がに股で肩で風切って近づいて来たジフが、俺の顔をチンピラみたいに覗き込んで来た。  そして……そのまま……。 「んっ!?」  カサカサしている傷のある薄い唇が、俺の唇に重なった。 「ジフ!!」  横で見守っていた豹兒がキレた。掴みかかった豹兒の手をジフがニヤニヤ笑いながら避けた。「何してるんすか、兄貴!」と言いながら、レッドが豹兒を羽交い締めにする。 「まぁ、良いじゃねぇかよ。俺だって豹ちゃんみたいに恋人を守る為に命かけて戦う感、感じてみたかったんだよぉ」  ジフは、蒼陽の体の後ろに回り、右から左から此方をみている。 「ポチに、キスして良いのは……俺だけです」  聞いたこと無いくらい低い声の豹兒が唸るように言った。  何ソレ……キュンなんだけど。 「ポチ、俺は戦いから帰ってきた後の勝利のキスが良いな」  ジフに盾にされている蒼陽が、とんでもない冗談をぶっ込んできた。そ…蒼陽ってこういう遊びするタイプだったんだ……。 「おい……お前ら……」  豹兒の言葉の治安が悪くなっている。目が血走っていてヤバい。 「レッド離して下さい。今は我慢します……」 「きゃあ……怖い、ジフ怖いわ……豹ちゃんに夜這いされるかもしれない」  レッドに離してもらった豹兒は、なおもふざけるジフを無視して俺の方に向かってくる。  怖…顔、怖……えっ……俺が怒られるの?俺が悪いの??  ちょっと一歩下がってビビりながら豹兒を見つめて居ると、頭を乱暴につかまれた。 「ひょ……んっ……豹兒……」  豹兒が噛みつくようにキスをしてくる。唇を吸われて、舐められて……舌まで絡められた。  やばい……野生の豹兒も格好いい!息と胸が苦しい! 「うわあああ!これが、お清め!!」  興奮したレッドが何事か騒いでいる。 「なんだ、それ!俺はバイキンかっ!」 「俺も、ポチにたかるハエになりたいな」 「蒼陽……てめぇまで……」  外野が何か言っている中……豹兒のキスは、俺が立っていられなくなって床に崩れ落ちるまで続いた。    
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