もっと、しておけばよかった

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もっと、しておけばよかった

  「ポチ!」  俺に気がついた蒼陽が一瞬、こちらを見て、ダリウスに気がついた。  どうか、どうか……当たってくれ!  ただソレだけを願って、引き金を引いた。  俺の弾は、運良くダリウスの体に当たった。ダリウスの体に衝撃が走り姿勢が崩れた事により弾は逸れて、蒼陽は無事だった。 首を斬りつけられ、あんなに大量の血を吹き出し、ボディアーマーを着ていたとしても着弾したはずのダリウスは、少しも痛がる様子がない。  怖い  本能的に恐怖を感じた。  こいつ……もう、人間じゃ……。    ダリウスが一瞬で起き上がり、俺の方に走り出した。汗では無い、何かが飛び散っている。 「ポチ!!」  蒼陽が直ぐにダリウスに発砲した。一発、二発……ダリウスの足と肩に当たる。ダリウスの腕は、もう辛うじてついているだけなのに、ダリウスは笑っていた。足を打たれたのに……走っている。 怖い!怖い!!怖い! 「ポチ撃て!!」  豹兒の慟哭が聞こえた。その方向から撃たれた弾も、ダリウスの体に当たり、よろめいたダリウスが……崩れ落ちるように、俺に襲いかかってくる。 甲高い声で笑うダリウスの開かれた口から、目が離せない。  俺は、固まった指を必死に動かし、目の前に迫ったダリウスを撃った。  しかし、ダリウスの巨体は俺の上に倒れ込み……ダリウスを押し返そうと上げた右腕に、鋭い痛みが走った。 「うああああ!!」  ダリウスが俺の腕に噛みついて……そのまま事切れた。    ゾンビになった、ダリウスに……噛まれた。  つまり……  俺……俺も…… 「「ポチ!!」」  蒼陽と豹兒が悲壮な声で叫びながら、俺の元に駆けつけた。先に来た蒼陽が、俺の上からダリウスを掴み投げ飛ばすと、何発も撃ち込んでいる音がした。 「ポチ!!」  仰向けに倒れている俺の視界に、見たこと無いほど大きな口を開けて大声で俺を呼ぶ豹兒が現れた。俺は定まらない視線で必死に豹兒の顔を見た。 「ポチ……ポチ……」  豹兒が、俺の腕を持ち上げて、目を見開いた。豹兒の腕が、震えている。 「……おれ……いっ……いま」  嘘だって思いたい。  俺は、ゾンビに噛まれてなんていない。 「大丈夫だ……大丈夫!」  豹兒が俺の噛みつかれた傷跡を隠すようにギュッと握った。直ぐ側の投光器が豹兒の顔を良く照らしていて……彼の目が涙を溜めて、目の周りが紅くなっているのまでわかる。豹兒の唇が震えている。  いつのまにか、銃声が聞こえなくなった。ジフとレッドがゾンビを全部やっつけたのかな? 「……ねぇ、豹兒……ジフとレッドは……」  噛まれた腕と、倒れた時にちょっと背中を打った以外は何も怪我がないので、上半身を起こした。すると、ジフとレッドが駆けつけてくる姿が見えた。  良かった。 「……犬……お前……」 ジフが、血の海で薬莢にまみれるダリウスと、俺の腕を握りしめる豹兒、そして俺を見た。  初めてジフにあった日を思い出す。倒れていた俺を見つけてくれたジフは、俺に銃口を向けてゾンビに噛まれていないか確認したんだ。 「豹兒……どけ」  ジフの声が、いつものふざけた声色ではなかった。ここのグループのリーダーの命令だ。顔つきも、いつものどこか優しい感じでは無く、怖いぐらい冷徹な顔だ。流石……俺が人間として惚れた男だ。とても、冷静で、合理的で……仲間思いだ。 「……嫌です」  豹兒が俺の腕を離し、しゃがんだまま俺を背に庇うとジフに銃口を向けた。二人が至近距離で銃を構えている。  正直……ちょっとだけ嬉しかった。豹兒のその気持ちが。 「絶対に、嫌です……ポチは、殺させない」  いつもは小声でボソボソと話す豹兒が、今はジフを威嚇するようにハッキリと言葉を紡いでいる。 「俺に逆らうのか……」  豹兒を見下ろすジフが一歩近づいて、豹兒の眉間に銃口を当てた。ドキリとしたけれど、きっとジフは撃ったりしない。ジフが撃つのは、俺だ。 「従いません」  ハッキリと口にした豹兒に、ジフの眉間に皺が寄った。 「おまえ……犬とゾンビになるつもりか……」 「それでも、良い」  豹兒には、一瞬の躊躇いも無かった。  もう……充分だよ。そんなに想って貰えただけで。 「豹兒、俺、そんなの嫌だよ!」  俺は、背後から豹兒の背中を叩いた。大きな背中が頼もしくもあり、切なくもある。 「犬は黙ってろ……豹兒、今まで、こんなこと何度もあっただろう……俺がやってやる……忘れろ」  今まで向けられたことないジフの感情の無い顔は、自分が異質な生き物になった事を実感させた。あぁ……俺は、もう皆の仲間じゃ無いんだ。  俺は……もう、ゾンビなんだ。ジフや皆を殺そうとする……悪者なんだ。  自然と涙が流れそうになったけど、もしここで泣いたりなんてしたら、もっと豹兒の感情を乱すことになるし、ジフにも申し訳が無い。ぐっと唇を噛んで耐える。 「他の奴らと、ポチは違う!俺の……特別なんです。俺は…最後までポチと居たい」 「……それで、愛する奴をゾンビにするのか?今、殺ってやるのも愛じゃねーのか?ポチが、望んでるのか?」  ジフの言葉はいつも真実だ。    死ぬのは怖いし、痛いのは絶対に嫌だし、まだまだ豹兒と、みんなと一緒に居たかった。  楽しかった毎日が、今は遠い。  あぁ……なんで、もっと早く撃てなかったのか、豹兒の言う通り、何発も撃つべきだった。  時間が戻って、今日が無かったことになれば良いのに。  そしたら……そしたら…… 「……それでも……嫌です!!絶対に嫌だ!ポチは渡さない!」 「……豹兒」  ごめん、もう駄目。涙が止まらない。豹兒の声が心に刺さる。聞いていられない。  きっと、今……そこに落ちた拳銃を拾って豹兒に向ければ……ゾンビになったと思って貰える。そしたら、これ以上二人が言い争う必要は無い。だって……どうあっても結果は同じなんだ。 「……」  俺は、覚悟を決めて、足下の拳銃に飛びついた。俺が動いた事によって豹兒が振り向いた。ジフの銃口が俺の方に向いた。すると、蒼陽がジフの前に立ち、豹兒が俺を抱きしめた。 「ポチ……俺は良いけど、ジフは撃ったら駄目だ」  豹兒の胸にギュッと抱きしめられて、握りしめる銃を取り上げられた。取り落とした拳銃をレッドが拾った。  涙でよく見えない視界で豹兒を見上げると、俺がゾンビになっていないと気がついたのか、安心した顔で微笑んだ。その顔が凄く優しくて、愛しくてキスしたくなったけど……もう、できないんだよね。  もっと、沢山しておけば良かった。 「……ジフ、待って下さい。ポチは最後の世代ですよね。普通と違う分……ゾンビになるとは言い切れないですよね!探してきます。研究者を!それまで待って下さい!」  蒼陽がジフの銃口を掴んで必死になっている。  ごめん……俺のせいで、蒼陽から、また芳親を奪うことになってしまう。 「……どいつも、こいつも」  銃を下げたジフが、舌打ちをしながら頭を掻いた。 「豹兒、犬を連れてこい。繋いどくぞ。蒼陽、さっさと行け、犬がゾンビ化したら待たないからな」 「はい!」  ジフに頭を下げた蒼陽は、俺の元まで走ってきた。豹兒の抱きしめる腕が少し緩んだ。 「ごめん……ポチ……俺が守るって言ったのに……ごめんね。必ず……見つけてくるから、どうか、それまで待っていて」  それだけ言い、蒼陽が走り出すとレッドが追いかけて、装備する武器を渡していた。 「行くぞ」  ジフが、背を向けて歩き出した。 「……ポチ、歩ける?」 「うん」  俺は豹兒に手を繋がれ、ジフの背中を追って歩いた。
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