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もう、これで大丈夫。
目が覚めたとき、俺は布団で眠っていた。目の前には片膝を立てて座っている豹兒が居る。でも、相当疲れているのか、眠っているようだった。
「……」
俺は、豹兒を起こさないように、そっと起き上がった。
なんだか腕が凄く痒くて、何だろうと思いながら、包帯を取った。
「っ!?」
ダリウスに噛まれた傷は……すっかり治っている。そこには、傷なんて無かったかのような綺麗な腕が有る。一瞬、俺が噛まれたのは夢だったんじゃ無いかと、淡い期待をした。
でも、違う。
ゾンビ化が進んでいるんだ。あんな深くえぐれたような噛み跡が一晩で治るなんて異常だ。
おれ……やっぱりゾンビになってきているんだ。
心臓が痛い。
正直、俺って小説の外からきた人間だし、ゾンビにならないかもなんて、少しだけ思ってた。そんな都合の良い奇跡が起こるのではと、ちょっとだけ期待してた。
違ったか……そりゃ、そうだよね。
俺、ゾンビになるんだ。
あんな…恐ろしい存在に。
眠る豹兒の顔をジッと見つめた。
やっぱり、人間でいるうちに何とかしないと。
ジフにも殺して貰えなかったし……自分で何とかしないと……。
そう思って、豹兒が横に置いているナイフを手に取った。
きっと、いつもの豹兒なら、この時点で気がついているだろうけど、夜にゾンビ退治して、俺がこんなことになって、ずっと起きていたんだろうな……ピクリとも動かない。
駄目だよ。ゾンビになりそうな奴と、そんなに無防備に過ごしちゃ。
っていうか、本当に……自分もゾンビになっていいって思っているんだろうな……。
でも、そうは行かない。
俺は、豹兒に背を向けて、自分の手首を見つめた。
流石に、首とかお腹とかナイフで刺す勇気が無い。無理だよ、怖すぎる。生々しすぎる。
「……」
だから、呼吸を整えて、ナイフで手首を切った。
痛い!
左手首から、ドクドクと血が流れていく。
それなのに……薄皮切ったくらいの浅い、その傷は……あっという間に塞がった。
目の前で治る傷に、背筋が震えた。
ゴシゴシと患部を擦ってみても血はソコにまだ滴っているのに、傷が無い……。
そんなはず無い!
そう思って、もう一度、さっきより深く切ってみた。
「……あっ……あぁぁ」
再び切った傷は、ユックリと塞がっていく。さっきより深かったから時間がかかっているけれど……明らかに患部が再生している。
「……ひっ……」
嘘だ!
信じたくなくて頭を振って、ナイフを置いて手首の血を擦る。
傷は……もう殆ど治っていた。
俺……ゾンビじゃん!
おれ……ゾンビになっている!
「うわああ!!」
自分で、自分が怖くなって、ナイフを拾って思いっきり首を斬った。
首輪に邪魔されて、よく切れなかったけれど、さっきより断然血が流れ出ているのを感じる。
ドクドクと温かい血液が俺の体を濡らす。
「ポチ!!」
俺の声に目が覚めた豹兒が驚愕し、駆け寄ってきた。握っていたナイフは強引に奪われ、投げ捨てられた。
「ポチ!!なんで!!」
顔を真っ赤にした豹兒が、血が流れ出る俺の首を必死に押させた。
俺は胸に抱かれ、豹兒の逞しい腕が俺の血で染まっていく。
「ポチ……嫌だ!嫌だ!死ぬなよっ……誰か!ジフ!レッド!!」
俺の首を必死に押さえながら、豹兒が大きな声で助けを求めて叫んだ。
「……っう……」
豹兒に、今までのお礼を言いたいけれど、凄く気持ち悪くて何も喋れそうに無い。
「ポチ!……お願いだ……行くな……ポチ!」
酷く狼狽した豹兒の姿に、申し訳無く思う。
ごめん……豹兒。
でも、これで……きっと、もう大丈夫だ。
「ポチ!目を瞑るな!ポチ!」
俺は、血を失って……目の前が暗くなってきた。
豹兒が何言っているか、もう聞こえない。
ただ、凄く怒っているみたいな顔している。
ごめん、もう意識が保っていられない。
でも、よかった。
最後まで、豹兒の前で人間でいられて。
「……ポチ……噛んで……ポチ…」
何か言葉を発した豹兒が、俺と口づけをした。
豹兒の舌が俺の中に入ってくる。
ちょっと……まって……豹兒、キス……早い……まだギリギリ生きているから……死んでないから……。
馬鹿。
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