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1,魔法の畑
菊原幸乃(ゆきの)は、特に芋が好きなわけではなかった。ジャガイモならまだしも、さつま芋は胸やけがして、好んで食べようとは思わない。
焼き芋屋の屋台が「石焼き芋~」と歌うような売り声を響かせて通ると、その付近に住んでいる女性が小走りに焼き芋を買いに行くという光景が漫画やドラマでよくあるが、幸乃は焼き芋をそこまで美味しいと感じたことはなく、焼き芋屋を追いかける心理が理解できなかった。
最初に幸乃を惹き付けたのは、「魔法」「錬金術」という、彼女好みのワードだった。
歩いて20分ほどの実家へ行くため、去年の10月の午後、気候も良いので少し回り道していた幸乃は、付近の小学校から下校途中の小学4,5年の少女2人の話し声に注意を惹かれた。
「この前の日曜日、この畑で芋掘りしてた」
「ミキちゃんの家、ここから近いもんね」
「掘ったお芋で焼き芋焼いてたよ。私、様子見に来たんだけど、いい匂いがした」
「焼き芋、分けてもらえばよかったのに」
「そうだね」
ミキという子は、話の流れを変えるような間を置いて言った。
「この畑、魔法の畑って呼ばれてるの。知ってる?」
「え、魔法の畑? どうして?」
「うーん、いろんな情報があるんだけど、とにかく普通の畑じゃない。錬金術とか言ってた」
「何それ?」
「錬金術って、鉛を金に変える魔法なんだって」
ミキは自分の言葉を自身で十分に把握できていない証拠に、小声になった。
「鉛を金にって、この畑でっていうこと?」
追及されてミキは返事に窮したが、思いついて言った」
「だから、お芋が魔法で金に化けるっていうことじゃない?」
いつまでも立ち聞きしているわけにいかず、そこで幸乃は2人から離れて歩き出した。
小学生の話だから他愛のないことかもしれないが、幸乃の頭には錬金術という言葉がいつまでも付きまとった。
その畑には時折管理人らしき人物がいたので、実家に行く時常にそこを通るようにして、管理人の姿を見かけると幸乃はそばに行って話しかけた。
市が管理する市民農園だと思っていたその畑は個人の所有地で、そのオーナーについての詳細は秘密だという。
先祖はこの辺一帯の大地主で、現在も多くの土地や建物を所有していた。
畑から見える薄緑色の5階建てのマンションもその1つで、自分は普段そこの管理人をしていると、畑の管理人秋山は自慢気に言った。
秋山は60年配の小柄な白髪の男で、おしゃべりが好きなようでそのお陰で幸乃は気兼ねなく畑に関する情報を得ることができた。
「この畑はさつま芋専用の畑で、内々で錬金術の畑っていわれてるんです」
問わず語りに秋山が打ち明け、幸乃はそれを聞いた途端に好奇心が跳ね上がって、目を輝かせた。
「それはどういう意味なんですか」
思わず声に力が入った。
「あんた、この畑を使用するつもりなの?」
すでに決心した幸乃がうなずくと、秋山は意味ありげに相好を崩した。
「いやね、やたらに他言するなって、オーナーに釘を刺されているものでね。だけど、錬金術って噂の出どころはオーナー自身なんですよ。畑仕事、芋栽培に夢を与えるっていうようなことらしいです」
「それは、何か特別なお芋が育つっていうことですか」
興味津々といった幸乃の様子に、秋山は顔にシワをいっぱい作って笑った。
「それは掘るときのお楽しみってことで。まあ、ここの管理人としていえるのは、損はしないということですよ」
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