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善は急げとばかりに、幸乃はその日のうちに来年の農園の使用を申し込んだ。
魔法の畑なので毎年抽選するほどの人気だというが、特別に1区画抽選なしで取ってあげると、秋山はやや恩着せがましさの垣間見える調子で言った。
畑に魅せられた幸乃はそんなことにはお構いなしで、手放しで喜んだ。
スイートポテト農園
1区画20平方メートル
4月1日より翌年3月31日までの1年間
使用料 8000円
特別な畑としては、使用料金も相場の範囲内で、幸乃の住居から歩いて15分ほど、自転車だと5分程度という近さも魅力だった。
幸乃は小説家志望だった。
小さいころから空想したり物を書いたりするのが好きで、仕事もその方面で考えていた。
大学文学部を卒業後、大手出版社への就職は叶わず、書店にアルバイトとして勤務していた。
一人暮らしはしているものの、徒歩圏内の実家には仕事休みにはほぼ帰宅していて、仕事帰りに夕食を食べる時もあり、完全に独立しているとは言えなかった。
作家としてプロデビューと、目標だけは明確だが、プロへの登竜門となる文芸新人賞の類は落選続きで、ネットの小説投稿サイトのコンテストには何回か入選したが、それは自信と夢をつなぐよすがにはなりこそすれプロに至る道ではなかった。
30まで頑張ろう、いや、いくつになっても夢はあきらめたくないと、幸乃は挫折しそうになるたび自分を鼓舞して創作への道を邁進した。
彼女の作品のジャンルはファンタジー、幻想系だったが、いずれのジャンルにしても頭角を現す人は眩しいくらいの才能を有しているように思えた。
近頃は創作している時に自己否定の隙間風が吹き込んできて、才能面だけでなく、過去のいじめのような経験まで便乗して心に入り込むことが多くなった。
そうした嫌な経験も創作の肥やしになるのだとわかっていたが、心はポキポキと音が聞こえるくらい折れた。
何か別の趣味でも作って気分転換しなくてはウツに憑りつかれてしまうと悩んでいた矢先、魔法の畑に出会ったのだった。
よし、さつま芋に託して夢を育ててみよう
そう幸乃は決心した。
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