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第4話 懸想
白璙は口角をあげて、「ありがとう」と幼馴染の肩を軽く叩いた。
「お前になら安心して白琳を任せられる」
その言葉の真意を測りかねて翡翠が小首を傾げると、白璙はいやに口の端を吊り上げて言う。
「好いているんだろう? 白琳のことを」
図星だったのか、翡翠は「なっ!」と瞬く間に顔を赤らめる。その変容ぶりに白璙は朗笑した。
「隠しているつもりだったんだろうけど、僕の目は誤魔化せないよ」
「……いつから気づいておられたんですか」
「無論、子供の頃からだ」
「…………」
翡翠は片手で顔を覆う。耳元で赤くなっているのを見て、白璙は益々愉悦した。
最愛の妹の方へ再度目を向けると、彼女は民衆の前に姿を現わすその時を待ち、毅然と佇んでいた。
「白琳がお前の想いに応えてくれるかどうかは別として、早めに自分の気持ちをあの子に伝えておいた方がいい」
王族との繋がりを求める有象無象がそこかしこにいるから。
一段と低い声音で呟いた一言に、翡翠ははっとする。
白琳には次代の王となる世継ぎを産む義務がある。となると、高官との婚姻を推し進められる可能性が高い。当然自分もその候補に当てはまるが、権力や地位に執着する卑劣な奸臣が我先にとこぞって白琳に阿るだろう。
――もし、白琳様がそんな連中の手に捕まってしまったら……。
翡翠は拳を握り、歯噛みする。
「翡翠なら心の底から白琳を大切にしてくれる。男社会のなかで四苦八苦するだろう彼女にとっての心の拠り所となってくれる。だから僕は唯一、お前になら大事な妹を任せられると言ったんだ」
「……ですが、白琳様が私に御心を向けてくれるとは限りません」
それに、もしかしたら今後別の者に心惹かれるかもしれない。
そうなったら嫌だとあからさまに苦悶の色を浮かべる翡翠。兄弟同然のように育ってきた幼馴染の幼さが垣間見られる一面に、白璙は愛おしさを覚えながら答える。
「まあ、その時は仕方が無い。僕も白琳の気持ちを一番大事にしたいし」
実を結ばなかったら、僕がお前の元にやって来て慰めてあげるよ。
それは自分が息を引き取った後のことだと、言外にほのめかしていた。
翡翠はまだやるせない想いに駆られた。
――狡いお人だ。
そんなことを仰らないでください。
貴方はまだ天に召されません。
これからも白琳様をお支えしていくのでしょう?
段々と近づいてくる主の死を否定したかった。しかし、いくら否定の言葉を連ねたところで彼の運命は変わらない。それに、白璙も翡翠たちを困らせたくてわざわざ自分の死が近いことを口にしているわけではないのだ。
ぐっと拳を強く握り、翡翠は苦笑を浮かべる。
「では、御言葉に甘えることにします」
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