第5話 開花と散花

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第5話 開花と散花

「よろしい」  白璙が頷いたところで、梟俊が露台に立って即位式の開会を宣言した。  二人は私語を慎み、露台の方に注目する。辺り一帯は厳格な静けさに包まれ、梟俊の声だけが朗々と響き渡る。 「先王・桂銀桀(けいぎんけつ)が公主、桂白琳」  呼ばれて、白琳は露台の先端に立つ。  ようやく女王を目にすることができ、民は三者三様の反応を示した。女王の美しさに見惚れる者、まだ少女でありながら堂々とした佇まいに感嘆する者。そして、母の瑠婉を知り、その瓜二つの容姿に驚く者。  白琳はそんな民の様子を垣間見つつも、眉一つ動かさない。 「本日をもって第百二十八代銀桂女君(ぎんけいじょくん)として即位す」  梟俊が目でこちらに合図を送る。  白琳は頷いて、改めて背筋を伸ばし、胸を張った。そして大きく息を吸い、宣誓の言葉を高らかに発する。 「我、第百二十八代銀桂女君、桂白琳なり。女君として、全ての民と国花神鳥に誓いましょう。この地に更なる繁栄と安寧を齎すと!」  凛とした玉音(ぎょくいん)が空気を震わせ、民衆は彼女の身の内外から放たれる美しさと王威に更に惹きつけられる。 「銀桂女君の御代に栄光あれ」 『銀桂女君、即位万歳‼』  梟俊の言葉に呼応するように、民は盛大に言祝(ことほ)いだ。後方で白琳を見守る白璙と翡翠も、一等大切な少女の新たな門出を慈愛の微笑みをもって祝福する。  鳴りやまぬ歓声に、白琳は微笑を浮かべた。そのまま王都を眺望し、地平線の先にある金花の国を想う。  ――民の平穏を守るため……何よりお兄様の悲願成就のためにも、私は何としてでも成し遂げなければならない。  金桂国との和平を――。    ***** 「まさか、あの銀桂に女王が立つとはな」 「かつては王子が二人いたみたいだ。けど、第一王子は病弱ゆえに王位を継がず、第二王子は不慮の事故で急死しているらしい」 「なるほど。それで末子であった公主がやむを得ず践祚するしか無かったというわけか。何よりも血統を重んじるあちら側なら当然の判断だな」  切れ長の怜悧な紫瞳(しとう)には、金木犀の木々で埋め尽くされた園庭――金苑(きんえん)が映っていた。目線を上げれば、その遥か彼方に対となる銀花の国がある。  今この時、白琳と青年は必然のように互いを見据えていた。それぞれ、相対しているとは露ほどにも思わず。 「銀桂初の女王とはいえ、鳧徯(ふけい)の血を引く娘であることに変わりはない」  鳧徯は戦を引き起こすと伝えられる人面の怪鳥だ。初代銀桂君が金桂国に対し戦を仕掛け、後に七百年にも渡る大戦乱へと発展する因縁を生み出したことから、金桂民から蔑称として渾名されている。初代に限らず、先王銀桀のような歴代の戦好きな銀桂君も同じように呼ばれていた。 「どうせ俺たち金桂民をだと侮蔑し、父王同様、金桂滅亡の奸計を企んでいることだろう」  青年は心底辟易するようにそう吐き捨てた。  陽光に照らされて一段と光輝を放つ黄金の髪。そして、精悍な面立ちから滲み出る敵意と警戒をそのまま具現したかのような、漆黒の漢服と腰に帯びた直刀。  武官のようにも見えるかの青年こそが、金桂君(きんけいくん)――華理玄(かりげん)その人だった。 「理玄、そろそろ会議の時間だぞ」 「ああ」  先に行っててくれ、と親友を送り出し、理玄は再度見えるはずのない敵国の女王を睨み据える。  少女の確固たる意志と信念に対し、青年は冷酷に――それでいて一抹の諦観を含ませながら呟いた。 「王が変わったところで、世界は何も変わらない。俺たちは今まで通り、そして未来永劫——いがみ合うほか無いんだ」  理玄は早々に踵を返し、執務室を後にした。    *****  同じころ、白琳も即位宣誓を終えて露台から身を引いた。  白璙はゆっくり腰を上げ、白琳を迎える。 「お疲れ様、白琳。とてもいい宣誓だったよ」 「ありがとうございます」  照れくさそうに笑む愛らしい妹の姿に白璙は破顔する。翡翠も兄妹が見せる満面の笑みに頬を緩めた。  だが、三人の幸福に満ちたひと時はこれで最後となった。  その日の深夜、白璙の容態が急変。    まもなくして、白琳が最も愛する花が儚く散った。
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