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第7話 呪い
桂華が起こってから約八百年後——。突如、それまで築き上げてきた平和と安寧はあっさりと崩れ去った。
次代の王位継承権を巡り、当時の桂華王の息子たちが争いを繰り広げ始めたのだ。
本来ならば長男である第一王子にその権利が与えられ、順当にいけば彼が王位を継ぐはずだった。しかし、第一王子はとりわけ気性が荒く、我欲の塊とも言えるほど尊大で粗暴な人物だったという。
利己心が強い彼に王座は相応しくない。そう危惧した弟の第二王子は、父王の説得を試みた。
『兄が王となればいずれこの桂華は滅びましょう。私利私欲の為に国庫を貪り、民を虐げ、やがては国花をも枯らしてしまう。父上はそれをお望みですか?』
兄とは正反対の聡明さと愛国心を持つ第二王子の進言に、桂華王は共感せざるを得なかった。
第二王子の具申が功を奏し、王位継承権は兄から弟へと移された。そして、次代の王は第二王子であると桂華王は宣言した。
当然、誰よりも自尊心が高い第一王子はこれに激高し、反駁。
『奴は俺に対する妬心と対抗心の元、自分が王になりたいがために父上を洗脳し懐柔したのだ! この行為はれっきとした簒奪だ‼』
こうして第一王子派と第二王子派の二大派閥が誕生し、父王の死後、国の存亡をかけた大戦が勃発することとなる。
「その大戦によって桂華は滅び、銀桂と金桂——二つの国に分断されたのね」
「はい。大戦の結果、勝利したのは第一王子軍でした。第一王子は第二王子の王族としての地位を剥奪し、弟君とその配下たち、更には第二王子側についた民までも国外へ追放。やがて彼らは未開拓地であった東の荒野に流れつき、かの地で新たな国を創ったのです」
第二王子が桂華を離れる際、彼の人徳や名君としての素質を見出していた鳳凰もまたその背を追った。そして金木犀の一枝を王子に差し出し、荒野を金木犀の国として蘇らせるのだと言い渡したという。
それからというもの、痩せて荒涼とした土地は瞬く間に黄金の花に満ち溢れるようになり、豊かになった。第一王子は第二王子と鳳凰を象徴する金木犀を疎み、全て伐採し燃やし尽くした。こうして、桂華だった国土は白銀色に染まり、銀桂国と改名されたのである。
「ですが、新たな国家誕生の代償として、鸞は二度と我々の前に姿を現わさなくなってしまいました」
梟俊曰く、鸞は国の分裂と敵対、何より番であった鳳凰がいなくなってしまったことを憂い、姿を消してしまったらしい。それ故、銀桂の王族は大きな加護を失ってしまったのだと。
白琳は怪訝な面持ちになって、首を傾げる。
「大きな加護? それは一体……」
「鸞と鳳凰は共に生死を司る神鳥。鸞の加護によって長生久視であった陛下の一族は、反対に短命あるいは病弱になってしまったのです」
「っ……!」
衝撃の事実に、白琳は大きく目を見開いた。
確かに、玿銀と銀桀はそれぞれ事故と心臓発作で急死し、白璙も幼い頃から病がちで遂にその命が尽きてしまったばかりだ。更には、生きていれば白琳と同い年で数か月先に生まれた異母姉の稟玫も、年端もゆかぬ頃に流行り病で夭逝したと聞いている。
――そんなこと、誰も私に教えてくれなかった……。
もし事前に教えてくれていたとすれば、白璙か翡翠、それから女官として長く宮廷に仕えている美曜くらい。だが、心優しい彼らのことだ。幼い白琳に自分たちが短命であることを告げるのは酷だと判断したのだろう。
白琳が翡翠と美曜の方を一瞥すると、やはり彼らは王族が薄命であることを知っていたのか、苦渋の色を浮かべて視線を伏せた。
「歴代の銀桂君もみな病、あるいは事故や暗殺によって早逝されています」
梟俊の補足に血の気が引いて、白琳は震えを帯びた声で呟く。
「そんな……。それでは、最早――」
加護を失ったというより、鸞に呪いをかけられたようなものじゃない。
普段感情を見せない梟俊も、僅かに瞳を曇らせて「……そうかもしれませんね」と小さく答えた。
――じゃあ私も、いつかはお兄様たちのように……。
十年後、一年後、一週間後……いや、明日かもしれない。
常に死が纏わりついていると思うと一気に鼓動が速くなり、不安と恐怖に呑まれそうになった。
「陛下」
梟俊の呼びかけに白琳は我に返り、すぐさま平静を取り繕う。そして、恐怖と焦燥を紛らわせるためにも、史伝の内容に話題を戻した。
「今も尚両国の対立や戦が絶えないのは、このような経緯があったからなのね」
元はと言えば銀桂に非がある残虐な史実に、白琳は哀切な声音を落とす。
「第二王子は類まれなる明晰と統率力を持っており、それゆえ金桂が我が国に匹敵する大国となるのにそう時間はかかりませんでした。このままでは、今度は銀桂が滅ぼろされてしまう。第一王子——初代銀桂君はそう危惧し、国力を維持するために中央荒原で戦を仕掛けました」
何せ、排斥した者が放逐された者に取って代わられてしまっては、これ以上ない屈辱となりますからな。
梟俊にしては珍しく吐き捨てるようにそう言って、慣れた手つきで机上に散在した資料を纏める。そして、今日の講義は終わりだと言わんばかりに椅子から立ち上がった。
かつての祖先を発端とした二国間の深い軋轢——。梟俊が語った両国史の凄惨な内情に秘かに唇を噛んでいた白琳は、師の退出に自身も急いで腰を上げた。
「ありがとう、梟俊。明日もよろしくお願いします」
白琳が謝意を述べると、梟俊は扉の前で立ち止まり振り返って目を眇める。
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
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