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第1章 名前
私はクラス替えがいつでも嫌いだった。
正確に言えばクラス替えそのものはどうでもよくて、それに連なって発生する自己紹介がとても嫌いだった。それなのにこの春もホームルームが始まるなり、担任の教師がへらへらと、
「じゃあまずは自己紹介をしてもらおうかな」
と言った。
じゃあ、じゃない。
と一人胸のうちで教師に毒づく。初めて見る担任はやけに細身で、ちゃらちゃらとした見てくれをしていて、地球上の人類をどう二つに割ったところで永遠に私とは同じくくりには入らなそうな人種に見えた。
きっと合コンとかが好きに違いないと私は断定する。だからこんな無駄な自己紹介などをやらせようなどと思いつくのだろう。どうせこのクラスの三十人のうち、ごく限られた生徒のことしか考えずにこれからの一年を過ごすだろうに。
しかし従順な同級生たちは教師の指示に従い出席番号一番から順番に椅子から立って自己紹介をしていく。あたかも自分を語ることが嬉しくてたまらないかのように、クラスのできるだけ多くが自分を見ることができるように体の向きまで整えて、大きな声で。
その浮かれた様子は見ているだけで本当に。
「気持ち悪い」
「えっ。大丈夫?」
いつものように自分にしか聞こえないはずのつぶやきは隣りの席まで聞こえたらしい。右から眼鏡の男子に機敏に反応されてちょっと驚く。
「具合が悪いなら、保健室に行く?」
親切心を丸出しにした男子が私に構おうとするのを無視して机につっぷす。両腕でつくった砦に自分の頭を埋めると、伸ばしっぱなしの髪がその外側をカーテンのように全部を隠してくれてちょうどいい。
しかし、私の精一杯の拒否の姿勢を男子は単に体調がひどく悪いのだと解釈したらしい。ひどく心配そうな声色になる。
「無理をしない方がいいよ。言いにくいなら、僕から先生に言ってみるし」
返事をしないままこの眼鏡男は誰だろう、と腕のなか、暗い洞穴で私は考える。
小柄な体躯に釣り合った小さな顔からこぼれそうなほど大きな眼鏡。まるで見覚えがなかった。ずいぶん親しげに振るまってくるが、中一のときはちがうクラスだったはずだ。それに同じ小学校という可能性はない。私の小学校からこの私立中高一貫校に進学したのは私だけのはずだ。
母がそう言って、卒業式のときに他の保護者に胸を張っていたあの姿を思いだしてひそかに身震いをしたとき、
「じゃあ、次」
の担任の指示に右隣りの椅子が音を立てた。
「あっ、はァイ」
あせった彼の声は妙な具合にひっくり返り、新年度独特の緊張感が占めている教室に小さな笑いを誘った。
「えへへ」
眼鏡男子はその笑い声にためらいもなく自分の笑い声も混ぜたようだった。まるで構えのない調子で言う。
「どうも。絶賛声変わり中でーす」
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