第2章 逆向きの終点

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 諦めよう、とまず思った。  だってどうにもならない。私にはできない。  そうだ。  そもそも私はこんなことが始まるなんて想像もしていなかった。だからこそジンさんだって自分が撮ると言ったのだ。私に務まるわけもない役割だということは一目瞭然だったのだ。だからきっとシショーだって私に期待なんてしていないはずだ。会った瞬間からとてつもなく自由な人だったから、ちょっとした思いつきを実行に移したにすぎないんだろう。  そう思うのに、私の足は止まらないし、思考も止まらない。むしろ焦りが生まれていくことに驚いていた。諦めようと思っているはずなのに、同時に私の中で、私の知らない私が諦めまいとしている。なんとかしようとしている。  だって。  シショーは、たぶん、いやきっと、私が撮ると信じてるから。  なんの根拠もない、でも確信に似たものを私の知らない私はつぶやいて、それを根拠に脳に血を集め、今にも炎をあげそうな高熱を発しながら「なんとかする」方法を考えつづける。  そうして唐突にひらめきがやってきた。  シショーの足がれんがを蹴った。同時に私の足も強く地面を蹴る。  小さな画面の中、一枚の羽すら持たないはずの人間が宙を跳ぶ。  いや、飛ぶ。  早くも落下に転じた私とは逆に、シショーはさらに高さを増していく。目一杯に両手を伸ばし、私はその姿を映しつづける。  どんどん遠くなるその人に向かって、勝手になにかを託しながら。  シショーの体が壁に添って設置された植えこみを越える。周辺のどれよりも背の高いその緑を越えた左足が壁を捉えた。 「いい位置!」  ジンさんが叫んだ。  壁を蹴った足がシショーをさらに上へと連れていく。  落下する私の画角を外れようとする彼を捉えつづけるには、仰角をもっと大きくするしかない。  私はひらめきに従って落下の勢いそのままに上半身を後方へ反らす。跳びあがった結果の落下とは違う、足を支点にした落下が始まる。  角度を変えた落下に応じて両腕を動かす。  たった数秒。  その数秒が私の集中力で引き伸ばされてスローモーションとなる。  シショーの体が縦に伸びる。  赤い丸をつけた鼻が上を向き、壁のてっぺんを見据える。  限界まで伸ばされた腕からさらに指が伸びる。その指が――。
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