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03
それからメフィスは、自分が調べたことを話し始めた。
この星に住む人間と呼ばれる生物は、仕事などの事情から今いる家を引っ越しせねばらないと、次の家でペット――すなわちヒエンのような犬などを飼えないと、命を捨てる傾向がある。
他にも可愛いと言って子犬や子猫を店で購入しておいて、成長すると手にあまり、「こんなはずじゃなかった」と言って捨てるものもいる。
「まだまだもっと身勝手な連中もいるぞ」
メフィスはさらに話をした。
たとえば、いろいろな犬種が混ざった血統の子犬が売られることがある。
すると子犬が大きくなると、考えていたのとは違う見た目に育って、「こんなの可愛くない」と捨ててしまう連中もいる。
さらには躾けをしっかりできず、吠えてしまうことに困り果てて捨ててしまう身勝手なケースもあると、メフィスは怒りのこもった声で話しを続けた。
「衝動的にペットショップで生き物を買っておいて、自分の思っていたのと違うからと捨てるのは、この星の人間は命を育てるという自覚に欠けているとしか思えん」
「だ、だけどウストくんはアタシのことを……」
「キミは優しいからそう思うだけだ。その子供も、きっと何か他のことに気を取られるようになれば、キミを捨てることに賛成するはずだ」
今すぐにでも駆けていきたそうなヒエン。
だがメフィスの言葉が彼女の足を止めてしまう。
また捨てられるのは嫌だと思ってしまう。
結局ヒエンはその場から動けず、かといって吠えることもできなくなってしまっていた。
「ヒエン!? よかった、やっぱりここにいたんだね!」
しばらくそのままでいると、人間の子供――不破ウストが彼らの前に現れた。
ウストは息を切らしながらも、ヒエンの姿を見て実に嬉しそうに笑顔でいた。
「ごめんね、パパが勝手におまえのこと捨てちゃって……。でももう大丈夫だよ! ヒエンが次の家でも飼えるようにボクがなんとかするから!」
ウストはメフィスのことなど目に入らず、真っ直ぐヒエンを抱きしめた。
その潤んだ瞳を見て、ヒエンもまた悲しくなった。
彼女はウストに泣き止んでもらおうとペロペロと彼の顔を舐め、鳴きながら励まそうとする。
そんなヒエンの態度に、ウストは許してくれたと思ったのか、さらに涙を流していた。
「彼女を放せ、人間の子」
「な、なんだおまえは!?」
メフィスに声をかけられ、ウストはようやく彼に気が付いた。
二本足で立つまるで人間のような大きな犬を見たウストは、ヒエンを抱きながらその場にひっくり返ってしまう。
いきなり喋る犬が現れたせいで混乱したのだろう。
だがメフィスは、そんなウストのことなど気にせずに言葉を続けた。
「もうこれ以上ヒエンを傷つけるな。彼女を連れて帰っても、どうせまたすぐに捨てるのだろう?」
「捨てない、捨てるもんか! ヒエンはボクの友だちなんだ! なんだおまえ、まさかヒエンをどこかへ連れていくつもりだな!? そんなことさせないぞ! ヒエンはボクが守るんだ!」
ウストは震えながらも必死に喚き返した。
ギュッとヒエンを抱いて、腰が抜けて動けなくなっても、ウストは必死で彼女を守ろうとしている。
彼の立場からすればメフィスは化け物で、ヒエンを食べようとしていると思っても仕方がない。
メフィスはそんな彼を見ると、大きくため息を吐いた。
そしてテレパシーを使って、ウストに抱かれているヒエンの頭に直接声をかける。
《ワタシと行こう、ヒエン。もうこんな連中と一緒にいる必要はない。キミはこんな星の連中の手から自由になるんだ》
《……ありがとね、メフィス。でも、アタシはウストくんと一緒にいくわ》
ヒエンの返事を聞いたメフィスは、驚きを隠せなかった。
どうして自分を捨てた連中のもとへ戻ろうと思えるのだと、メフィスには彼女の考えが理解できない。
それは自ら不幸になるのを選択するようなものだと、なんとかヒエンのことを説得しようとする。
《気はたしかか、ヒエン!? たとえその子供がキミを連れて帰ったとして、キミを捨てたその子の両親がそれを許すはずがない!》
《そうかもしれない……。あなたの言う通りかもしれない、けど……。ウストがこんなに泣ているんだもの、また捨てられるとしても帰ってあげなきゃ》
《キミというやつは……。……わかった、もう止めはしないよ》
《メフィス、あなたのことは忘れないわ。本当にありがとう……》
メフィスはヒエンを抱いているウストに背を向けると、彼に声をかける。
「おい、人間の子よ。彼女を、ヒエンのことを大事にしろ。必ずだぞ」
「お、おまえなんかに言われなくても、これからもずっとヒエンはボクの友だちだ! 大事にするに決まってるじゃないか!」
ウストの叫ぶような返事を聞いたメフィスは、フッと寂しそうに笑うと、その場からゆっくりと消えていった。
次第に姿が消えていく様子を見ていたウストは、キツネにつままれたような顔で呆然としていたが、しばらくして立ち上がる。
「なんだったんだろ……あいつ……」
「キャンキャン!」
「ま、いっか。ヒエンは見つかったし……。よし、一緒におうちに帰ろう」
それからウストは愛犬用リュックキャリーにヒエンを入れ、乗ってきた自転車に跨る。
背負われたヒエンは、リュックキャリーにある穴から顔を出して夜空を眺めていた。
(メフィス……。また会えるよね……)
そして、助けてくれた別の星の犬のことを想った。
――メフィスがヒエンとウストの前から去った後。
別の場所でも同じようなことが起こっていた。
「た、助けてくれ! 俺だって好きでこんなことをしてるわけじゃないんだ!」
狭い室内――。
怯える男の前には、二本足で立つ猫がいた。
猫は凄まじい形相で男のことを睨みながら、鋭い歯をむき出してして言う。
「おまえら人間は何様のつもりだ! 気分で命を弄び、こんな残酷なことするなど絶対に許せん!」
人間のような猫が手をかざすと、男の体は引き裂かれた。
手足や頭がまるでパズルのようにバラバラになり、血を撒き散らしながらその場にごろんと転がる。
そして男が操作していたボタンの中のひとつを押すと、奥にあった扉が開き、そこから犬や猫などの捨てられた動物たちが飛び出してきた。
人間のような猫は仲間たちが解放されたことを喜ぶと、まるで宣言するかのように声を張り上げる。
「安心するがいい同族の諸君! ワタシがこの星に来たからには、人類を皆殺しにして我々の楽園をこの星に築いてやる!」
それから数ヶ月後――。
地球に住む人間たちはすべて檻に入れられて処分され、この星の生態系は自然へと還ったのだった。
〈了〉
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