02

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影の姿を見たヒエンは驚きを隠せなかった。 なぜならばその犬の姿をしたものは、二本の足で立ち、まるで人間のように自分に手を伸ばして撫でてきたからだ。 全身が毛に覆われた紛れもなく自分と同じ犬。 言葉も通じている。 ヒエンはこんな人間のような犬もいるのかと、優しく撫でられながら思った。 「待ってなさい。すぐに温かい食事と、それに傷の手当てもするから」 「あなたは誰……? どうして人間みたいなの……?」 「それは後で話してあげよう。さて、まずは治療からだな」 人間のような犬がそう言うと、そのヒエンを撫でていた毛むくじゃらの手が光を放ち始めた。 するとヒエンの傷が次第に癒えていき、傷口が塞がっていく。 これはどういうことだとヒエンが驚いていると、人間のような犬はニッコリと微笑んだ。 「ほら、次は食事だ。熱いから気をつけるんだよ」 そしてどこから出したのか、人間のような犬の手にフードボウルが持たれており、そこからは湯気が上がっていた。 シチューかなにかだろうか? ヒエンはその匂いを嗅ぐと、堪らず食らいつく。 これが一体何かなど考える余裕などない。 ただ飢えを満たそうとする生存本能に従って、フードボウルに入ったシチューを食べた。 中には肉や野菜がたくさん入っており、ヒエンの冷えていた体を芯から温めた。 その後、食事を終えて落ち着いたヒエンに、人間のような犬は話を始める。 「ワタシの名はメフィス。別の星からきた者だ」 自分の名前を告げ、メフィスはヒエンの体を抱き上げながら説明を続けた。 彼が生まれた星は、どうやら犬が進化して知能を得た生物のようで、このヒエンがいる星――地球へは視察で来たと言う。 メフィスの星には、地球人が持つ科学知識よりも高度な技術があり、彼は調査で各星を回っているようだった。 これまでもメフィスは、太陽に近い順に水星、金星と見てきて、次にこの地球へと降りたようだ。 水星は太陽系の惑星の中で一番内側を公転しており、地球の十倍以上強い日光を浴びている。 そのため昼の表面温度は400℃を超すため、知能のある生物は発見できなかった。 次に降りた金星もまた似たような理由で見つけることができず、メフィスは地球に来て、ようやく自分の星以外で知能のある生物を確認できたのだが――。 「だが、喜んだのは最初だけだったよ」 「どうして? あなたはずっと探していたんでしょ?」 ヒエンにはメフィスの話の欠片も理解できなかったが、彼が人間を探していたことはわかった。 しかしやっと見つけたというのに、どうしてそんな悲しそうな顔をするのか。 恩人の表情がヒエンを心配にさせていた。 メフィスは彼女に言う。 「キミをこんな目に遭わすような連中を見て、喜べるはずがないだろう」 鋭い歯を食いしばりながら、メフィスは言葉を続けた。 進化の仕方は違えども、この星にいるヒエンたち犬は自分たちと同じ生物だ。 それが愛玩人形のように扱われていて、とても喜んでなどらいれない。 知能は劣るとはいえ、ヒエンたちにも感情はあるのだ。 雨に濡れれば寒い。 腹が減れば空腹になる。 傷つけば痛みを感じる。 それなのにこの星に住む猿から進化した生物たちは、自分の楽しみのためだけに他の命を弄んでいると。 「悲しまないでメフィス……。あなたがこれまでどんな思いでいろんなところを旅してきてかはわからないけど……アタシはあなたに会えて嬉しい」 「ヒエン……。ああ、ワタシもキミに会えたこと……それだけはよかったよ」 メフィスの大きな体に抱かれ、ヒエンも彼に自分の体を擦りつける。 彼らが互いに慈しみ合っていると、遠くから人間の子の声が聞こえてきた。 「どこだヒエン! いるんだろ!? ボクだよ、ウストだよ!」 ヒエンはその子の声を知っていた。 そして叫ぶ名前もだ。 叫び続けている人の子の名は不破(ふわ)ウスト。 ヒエンを飼っていた家の子供だった。 彼はもう夜も遅いというのに、たったひとりで山へとやって来ていた。 自分を探してくれていると思ったヒエンは、メフィスの胸から飛び出し、声のするほうへと駆けていく。 「待て、待つんだヒエン」 そんな彼女のことを、メフィスは呼び止めた。 振り返ったポメラニアンの(めす)に、二本足で立つ犬が口を開く。 「あの声は、この星の子供……キミの飼い主の子供だろう?」 「そうよ! きっとアタシを探しに来てくれたんだわ!」 ヒエンは嬉しそうに鳴き返した。 やはり迎えに来なかったのには何か事情があったのだと、尻尾を振って今にも走り回りたそうな顔でメフィスのことを見上げている。 だが、メフィスはそんな彼女の喜びを消すようなことを口にした。 「キミはその子供の家族に捨てられたんだ。だから、戻ってもきっとまた捨てられる」
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