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胸が苦しい。脈拍は乱れ、よくない事をさっきから考えている。
もう限界だ。
焦燥、疲労、不安、傷心。これらが容赦なく、襲いにくる。僕の精神も身体も、とっくに憔悴しきっていた。
追って来る明日。それが不愉快だった。
僕の身の回りに溢れる偽善物が、汚らわしくて見たくない。明日が来れば、陽が満ち、それがよく見える。
狂っていた。何もかも。
見えるはずのないものが、僕には見える。はっきりと鮮明に分かる。
そうやっと、気付いたんだ。僕はとり憑かれているのだと。
だから当然───居場所がなくなっていた。学校にも家にも。
僕は絶望した。上手くやってきたつもりが、実はそうじゃなかった。今までのは全て、僕を盛大に突き落とす為だけの、作りものでしかないのだ。
僕は悲しみにくれた。
いい子ぶるのも疲れた。
もう自棄になってみた。悪ぶってみた。
結果、更にどんどん悪い方向に進んでいく。
仕方ない。
そう思うと、楽で余計に考えることをしなくなった。
驚くほど、どうでもよくなった。日々はあっという間に過ぎた。
気付けば、
そんなある日のこと。
夕暮れまで時間を潰して、家に帰る途中。
誰かに呼ばれた。振り返った。
そこには、小さな古びた神社があった。相変わらず、誰かが呼ぶ。
僕は行ってみる。
鳥居をくぐり、境内に。
あ、一瞬で世界は変わった。風は殺された。音は殺された。生命は止まった。
うっそうとした暗闇の静止画。
その背景の真ん中に、一人の少女がいる。手招きしている。
よく見れば、少女の前には。空からどこまでも伸びる紐の先端を輪で描いた───俗にいう首吊り(?)らしきものがある。
少女はまた、呼ぶ。
『死んでよ』と。あっさりした重みのない、言葉みたいに聞こえる。
別に断る理由はない。
僕は頷く。少女は微笑む。
その微笑みから、少女は悪い子だと分かる。だからって訳ではないが、敢えて話に乗る。
久しぶりに胸が高鳴る。理屈はない。直感的に、この子なら、今の僕を救ってくれる気がする。身勝手は承知の上だ。
でも、さすがに条件をつけ加えないと割りに合わない。なんたって、僕はタダで死のうと言っているのだ。
僕はつけ足す。
「いいけどね。その代わりにさ、君の身体、僕に使わせてよ。童貞のまま死ぬつもりはないんだ」
本能はいつだって我が儘で素直。自分でも恥ずかしいぐらい、はっきり言った。所謂、身体で払って貰うってやつだ。
「そう。別にいいよ」
対する少女は、素っ気ない承諾一つだ。
案外尻軽なのかもしれない。一応確認しよう。
「えっと、君したことある?」
「....はぁ。私、処女だけど」
あ、良かった。
お互い初めて同士なら、何の気兼ねもなくできそうだ。心底、安心した。
「気が済んだ? 言っておくけど。あなたが死んでくれさえすれば、私はそれでいいから」
相変わらず、感情の抜けた声色で語る少女は。
まるで、一つの出された命令に執着する機械みたいだ。
はて? 誰かの恨みを買うほど、人様に悪いことをしたつもりはないんだけど。
「君、そんなに僕に死んで欲しいの?」
「別に、誰でもいい。一人の死んだ人間が欲しいだけ」
なんともまぁ、穏やかじゃない。とんだ殺人鬼に、僕は目をつけられたっぽいな。これぞ、人は見かけによらずだ。
「それより。さっきから私を、君って名指すの不快極まりないよ。名前教えるから、君だなんて今後一切呼ばないで」
「えっと、うん」
「私の名前は。疑心暗鬼」
そう言って、手を突き出してくる。握手?
不思議に思いながらも、手を取り握る。
意外とその手は温かい。どう見ても人間っぽくない少女にも、温もりはあったのだ。
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