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草木も眠る丑三つ時、町外れの神社にて。
コン、コン、コン・・・
今宵も御神木に五寸釘を金槌で打ち込まれ、
その音で彼ら――藁人形達は目を覚ます。
「あー、これで3本目かぁ」
「今日も派手に打たれましたね。右胸に左腕に、今度はお腹ですか・・・」
「本当、よく続くなぁ・・・取り敢えず刺してきまーす」
「お気をつけて」
1体の藁人形が3本の釘ごと御神木から落ち、妙齢の女性の姿となって大きく伸びをした。
他の藁人形達も次々と御神木から降りては自分を御神木に打ち込んだ人間『打ち主』の姿へと化身していく。
そして各自、標的に呪いを届けるべく金槌と刺さっていた五寸釘を持ち、顔に標的の写真を貼られていた者はその写真を手配書代わりに、青白い光を放ちながらふわりと飛び立って行った。
1晩1本五寸釘を打ち込まれ続ける成就までの7日間、打ち主の恨みを代わりに執行する怨みの塊である彼ら「ワラビト」達は、普通の人間には見る事ができない。
最初に化けたワラビトの女は、人目をすり抜けながらとあるラブホテルの一室へ侵入した。
シャワーの音が聞こえる中、1人裸でわくわくしながらベッドに横たわる男。
彼女の目には、男の右胸と左腕に彼女が刺した太い釘が見える。もちろん、男の目には彼女も釘も見えていない。
「お楽しみできるのも、あと4日よ」
ニヤッと笑うと、持ってきた太い釘を腹部に金槌で打ち込んだ。
男は一瞬痛そうな顔をしたが、すぐ眠りに落ちた。
そこへ、シャワーを浴び終わったホステスがバスローブ姿で出てきた。
普通の人間では見えないだろうと、侵入者はにっこりと会釈して見せた。
「ごきげんよう」
しかし、ホステスは数少ない「見える」人間だった。
「な、何で・・・なんで奥さんが・・・」
恐ろしくなったのか、慌てて服を着て逃げ出したホステス。外で急ブレーキの音が聞こえた。
そっと窓の下を覗き込むと、どうやら車に跳ねられたらしい。命はあるらしく、救急車を呼ぶ野次馬達の姿も見える。
「そうか、私奥さんの姿に化けてるんだっけ。
ま、この愛人もおっさんと一緒に散々打ち主を苦しめてきたんだもの。自業自得よねー」
そう言って彼女は下にあっかんべーをしてから再び窓から飛び立った。
彼女が神社に戻ろうとすると、神社から黒い牛に乗って飛んでいるワラビトの青年と遭遇した。
「こんばんは、そう言えば今夜で7日目でしたね。おめでとうございます」
「ええ、おかげさまで・・・」
彼は、彼女の祝福に喜んでいいものかどうか複雑な表情だ。
「まさか成就させてしまうとは・・・幼い時に殺された両親の仇討ちとは言え、打ち主も亡くなってから不幸になるのに」
「それだけ、覚悟が決まっていたんでしょうね・・・」
彼女は、彼の打ち主の身を案じる気持ちも、やり抜いた打ち主の恨みも充分わかっているつもりだ。
「でもいいなー、その黒い牛。ちょっとだけ乗っても・・・」
彼女は期待を込めて上目遣いをしてみたが、
「ダメです。あと4日我慢して下さい」
「はーい」
青年にすげなく断られてしまった。
「では、ご武運を」
ひとしきり話すと、青年を乗せた黒い牛は最後の一刺しを行うべく飛んで行き、彼女は無言でそれを見送った。
彼は二度と神社に戻って来る事は無い。
成就・・・それは、仲間との今生の別れも意味していた。
「また1人、逝ってしまいましたね・・・」
感傷にふけっていると、隣に中年男性のワラビトが立っていた。
「わっ!お隣さんいつの間に」
「お憑かれ様です、先程6本目を刺してきた所です」
彼は御神木でも彼女の隣に打ち付けられているため割と親しく、2人は話しながら神社へ戻る事にした。
「打ち主の会社の上司でしたっけ?標的」
「ええ。丈夫な奴で、5本目でやっと入院してくれて」
「じゃあ、明日で最後・・・」
そこまで話して、彼女はずっと思っていた疑問を口にした。
「呪いが成就したら私達、どうなるんでしょうね?」
少し間を空けて、お隣さんは答えた。
「あくまでも噂話だけどね、私達の魂はそのまま黒牛に乗って打ち主の魂と融合して、自我が消えてしまうそうで」
「つまり、今こうして話しているお隣さんの事も忘れてしまうんですよね・・・」
彼女は目を伏せ、寂しそうに呟いた。
お隣さんも頷く。
「多分ね」
「それで私達と打ち主は死後、地獄に落ちるかこの世を彷徨い続ける事になるんでしょ?」
「全く割に合わないし、救いがないんですよね。呪いって」
そこから暫く、2人は黙っていた。
やがて、神社付近で1人の老婆が悲しげな表情で帰ってきたのが見えた。
思わず、お隣さんが話しかける。
「どうしたんですか?今日で確か5本目・・・」
「・・・呪い返しに行ってきたの」
「あ・・・それは・・・ご愁傷さまです」
「惜しかったのよ・・・あと2日だったのに」
そのまま老婆は泣き崩れ、霞の様に消えて行った。
打ち主が打っている所を誰かに見られてしまったら、標的ではなく打ち主を殺りに行かなければいけない。
それがワラビトの掟だ。
分かってはいるけど、ワラビト達は打ち主の気持ちを痛い程理解しているだけに、しんどくなってしまう。
「私達・・・続けられるだけ運がいいんですよね?」
彼女の問い掛けに、お隣さんは何も言わずに頷いた。
寅の刻も過ぎた頃、御神木には続々とワラビト達が帰還していた。
今夜もやり遂げて満足気な者、
どこか複雑な気持ちの者、
明日で7本目となる者・・・。
それぞれに思いを秘めながら、再び五寸釘を打ち付けられた藁人形の姿に戻っていくのだった。
やがて昇る朝日。
御神木に、藁人形達に、その重い闇を慰めるか様に陽の光が降り注ぐ――。
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