12「上手な息継ぎ」

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「昨日、はじめて赤ちゃんにミルクをあげたの」  莉里は侑李がいない間にあった出来事を話したかったのでまだベッドに横にはならず、床の上にペタンと割り座の姿勢で座り、話を始める。 「飲み方がすごくかわいくて、一生懸命で、でも全然哺乳瓶を離してくれないから、ちゃんと息継ぎできてるのか心配になっちゃった」  哺乳瓶を離そうとしない杏樹の姿を思い返し、莉里はフフと肩を揺らしてしまう。その姿を侑李は笑顔で見守っていたかと思うと莉里の隣に座り、顔を覗き込んできた。 「子ども達と仲良くしてくれてるみたいでよかった。ありがとう」  お礼を言うのはこちらのほう。莉里はそう思ったが、言葉で伝える前に侑李が話を続ける。 「でも、ちょっと悔しいな。僕がいなくても全然平気そうなんだもん。少しは寂しがってくれてるのかと思ったのに」  少し拗ねたような表情。出会った時から変わらない、この人はいつだって感情を言葉や態度で示してくれる。  だから、自分も素直に言葉にすることを決意する。 「侑李がいなくて、寂しかった」  素直な気持ちだ。きっと、子ども達がいてくれなかったら寂しさに耐えきれなかった。 「今日は、ずっとそばにいてね」  言ってから恥ずかしさがこみ上げてくる。赤くなっているであろう耳を塞いでしまいたくなったが、それはかなわなかった。侑李が莉里の首の後ろに手をあて、その身を寄せてきたからだ。至近距離で二人の視線が重なった。  キスのタイミングなのだと察し、莉里はドキドキしながら目を閉じる。少しして、唇に温かく柔らかい感触がした。啄むような軽いキスを何回かされたあと、角度を変えて唇を塞がれる。  この間、自分が酸欠になってしまったことを思い出す。そして、哺乳瓶を飲む杏樹の上手な息継ぎの仕方がなぜか脳裏に浮かんできた。意識せず、自然に呼吸をすればいいのだ。  今日は、ちゃんとうまくやらなきゃ。  意気込んだというのに、なぜかいったん侑李はキスを止め、ニコニコしながら首を傾げてこちらを見つめてくる。 「なんか、考えてることまるわかりなんだけど」 「え!」  莉里は大きく目を見開いて瞬きする。 「杏樹ちゃんがミルク飲むのとは別だよ」 「ど、どうしてわかったの……?!」 「いいから、僕に身を任せて」  侑李はそう言うと莉里を自分の腕の中に抱きかかえ、再び唇を重ねてくる。  これは赤ちゃんを抱く体勢ではないか。そう思ったが、侑李の首に腕を回してそのままおとなしく彼のキスを受け入れた。
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