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その気持ちを打ち明けると、侑李の母親は黙ってしまった。
穏やかで優しげな表情が、目に見えて曇っていく。
何か、不快になるようなことを言ってしまったのだろうか。莉里は不安になり、謝ろうと息を吸い込んだ。しかし、言葉は出なかった。
侑李の母親の瞳から大粒の涙がこぼれたのを見てしまったのだ。
「え、え、お母さん?」
莉里は慌ててしまう。そして椅子から立ち上がり、侑李の母親の肩に手を置く。
「私なんか、だなんて思っちゃダメよ莉里ちゃん。あなたが考えている以上に、周りはあなたのことを大切に想ってるの」
そう言ってポケットからハンカチを取り出し、涙をぬぐう。
「なんて、私は偉そうに言える立場じゃないんだけどね。……昔、私も莉里ちゃんのように、自分なんかがって思っていたことがあるの。でもそのせいで大切な人を失って、後悔しているわ」
そう言って、侑李の母親は過去の話をしてくれた。
◇
侑李の母親は15歳の頃事故で両親を失い、一時期にこの施設に預けられていたことがあったのだという。ここでとある男の子を好きになった。半年後、親戚の家に引き取られることになって青の家を出て行くことになった時、彼と大きくなったら再会しようという約束をした。
そして数年が経ち、大人になった彼と再会することができた。お互いの気持ちは変わっておらず、すぐに恋人同士という関係になった。
ただ、気持ちは変わっていなくとも立場が大きく変わってしまった。
彼は将来、医者になることが決められていた。瞬間記憶能力という特別な才能をもっていたらしく、ある病院の経営者がその才能を見抜いて彼を欲しがったらしい。将来を見据えての投資だったのだろう。青の家にいる頃から多大な援助を受け、医大に通わせてもらっていた。
だから彼に恋人ができたと知られた時、付き合う程度ならと目をつむってもらえていたようだが、結婚を考えていると彼が打ち明けると、周りの態度は一転、猛反対へと変わった。
有望な人物には、それなりの女性でないと社会的に許されない。
釣り合わない。別れろ。二人は周囲から責められ続けた。
彼のほうは気持ちは揺るがないと言ってくれたが、自分の気持ちがもう限界だった。
たしかに、何のとりえもない自分と彼は釣り合わない。自分がそばにいることで、彼の足かせになってしまっている。だから、彼から離れなければ――。それが正しい選択だと錯覚してしまった。
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