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数カ月前、傷ついた身を休めるために12年ぶりに侑李にここへ連れて来られた。あの日、庭を見渡した時に見た花壇はまるで青空のような瑠璃色のネモフィラが地面いっぱいに咲き誇っていた。
今、その花壇はピンクやオレンジといった多彩なコスモスに代わっており、季節の移り変わりを感じられる。
玄関に入るとすっかり顔なじみとなった保育士と杏樹に出迎えられる。今日は平日なので、残念ながら四葉達はまだ学校から帰ってきていなかった。
職員の休憩室には侑李の母親と伯父である飯田先生がいた。二人がここへやってきた理由を察しているようだった。すでに侑李の母親は涙ぐんでいて、莉里の姿を見るなり抱きしめてくれた。
「ありがとう莉里ちゃん。この子をよろしくね」
「はい」
莉里は力強く頷く。そして言葉を続けた。
「これからもよろしくお願いします。お義母さん」
この言葉を聞くと、ついにこらえ切れなくなり侑李の母親の瞳から涙が零れ落ちた。
侑李の前に飯田がやってきて、少しの間黙って莉里と侑李を見比べる。その表情がやけに不愛想なので祝福されていないのではと一瞬不安に思ったが、まったくの杞憂だった。
「幸せにしてやるんだぞ。想いあっているなら、絶対に手放すな」
父親の代わりとして、侑李に心強い言葉をかけてくれた。きっと、侑李の両親のような悲しい思いをさせたくないと思ってくれているのだろう。不器用だが優しい人なのだと感じた。
その後、デイルームへ莉里と侑李がやってくる。
子ども達のいない空間はやけに広く感じられる。壁には子ども達が採ってきた枯れ葉やどんぐりがかざられていて、ここでも季節の移り変わりを感じられた。
莉里は侑李に誘導されるまでもなく、一部の場所へと向かっていく。
そこは、自分と侑李が初めて出会った場所。
バイオリンの演奏をするために立った舞台の場。
そして侑李はその舞台から少し離れた壁柱の横に立つ。
12年前、侑李が莉里に魅入られた場所がここだった。
やはり心は通じ合っていたようで、結婚を誓い合うならこの場所と相談し合わなくてもわかっていたらしい。
侑李はポケットから手のひらサイズのケースを取り出す。ゆっくりと莉里のもとへ歩み寄り、そしてそのケースを開いて見せた。
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