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1「再会まで、あと少し」
「のど飴、クリーナークロス、ボールペン……」
机の上に並べられたこれら3点を、一之宮莉里は腕を組んだ姿勢で見下ろしていた。
彼女の横には黄色いランドリーバスケット。中にはネイビーやサックス色のスクラブ(医療用白衣)や白のドクターコート(診察衣)が乱雑に放り込まれている。
この病院の職員ユニフォームは基本レンタルだ。着用したものを持ち帰ることは厳禁であり、業務が終わった後はランドリーバスケットに入れる決まりとなっている。それらは週に火曜と金曜、洗濯業者が回収し、後日清潔なユニフォームを届けてくれる。
(のど飴は……声が掠れてる人か、咳をしている人に聞いてみよう)
莉里はまるで推理をしている探偵のような面持ちで飴を指でつまみ、表と裏にひっくり返したりと多方から観察する。
そして次にクリーナークロスとボールペンに視線を移す。
(クリーナークロスは眼鏡をかけてる人……が濃厚だけど、スマホの画面を拭くのに使ってる人もいるから、絞り込むのは難しいかも。このボールペンはたしか、内科の澤先生が使ってたものかな。うん。この青のインクがたくさん減ってるのは、きっとそうだ)
莉里が確信したその時、更衣室のドアが開いた。
「あ、澤先生」
まるで見計らったかのような絶好のタイミングで澤がやってきた。彼は30歳前後の若い医者だった。入ってくるなり名前を呼ばれ、当然のように警戒した目つきで莉里を見た。
「すみません。あの、これ、先生のボールペンじゃありませんか?」
そう言ってボールペンを差し出す。
「……ああ、また白衣に入れっぱなしにしてたか」
澤は特に驚く素振りもなく莉里が差し出したボールペンを受け取り、そのまま背を向けて自分のロッカーへ向かってしまう。
彼はロッカーを開けるとジャケットを脱ぎ、ハンガーにかける。それから次にシャツのボタンに手をかけた。
慌てて莉里は短く一礼し、すぐに更衣室から出て行く。
お礼を言ってもらえるなどと期待はしていなかったが、仮にも女性である自分がいる前で着替えを始めるとは思わなかった。自分の存在をまったく認識してもらっていないということだろう。
別に澤だけがあのような態度をとるわけではない。たいていの職員は、莉里に対して無関心だ。
いや、莉里に対してというより、看護助手という存在に無関心なのだろう。
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