君の理想に化けた夢

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「これから新クラス会行くけど蓬莱君もどう?」 「ごめん、今日は用事あって……」 「そっか……じゃあまた今度な!」  クラスの陽キャラと思わしき男子が賑やかに話しかけてきた。やんわり断ることに対しては、罪悪感は微塵(みじん)も感じない。ワイワイと盛り上がる場所に混ざりたくないという気持ちは、何にも化けていない本当の自分だ。  太陽が沈み始めた夕方。クラスメイトが全員帰った後の教室が、俺の作業部屋に変わる。──いつもなら。  今日は違った。あの子がまた、カメラを構えている。机の中の漫画ノートを取り出したいのに、それができない。教室の外を眺めている彼女は気にしてないかもしれないが、さすがに二人きりは気まずくなってきた。 「なぁ──クラス会、行かなくていいのか?」 「んん〜?」  勇気を出して話しかけてみる。すると、(のぞ)き込むカメラの隙間から少しだけ声が漏れた。 「私は興味無いかな〜。蓬莱君こそ、いいの?」 「え、何で俺の名前……」 「さっき先生に呼ばれてたじゃん」 「あっ──そう言えばそうだった」 「まぁ、私もだけどね」  カメラから顔を離し、振り返った彼女。長い黒髪を(なび)かせて微笑(ほほえ)む笑顔に、俺は思わずドキッとしてしまった。 「咲優ちゃ……朝比奈さんは、写真家になるのが夢なの?」 「そう!この町もそうだけど、綺麗な景色は他にもたっくさんあるからね。それをこのファインダーに収めることが、私の夢」 「すごい──カッコいいね」 「ふふっありがとう。あと下の名前でいいからね」  そう言うと彼女は、カメラを首から提げたままこっちに近付いてきた。今まで撮ってきた写真を見せてくれると言う。  そこには青空や山、川と言った自然豊かな写真がズラリ。この町以外にも、自分で現地に足を運んだのだろうか。どれも心を奪われそうなくらい綺麗だった。  肩が触れそうなくらい近い距離で、撮影した時の思い出を夢中で話す彼女。そして、全ての写真を見せてくれた後──俺の顔を突然見つめて、無邪気な表情で問いかけた。 「ねぇ──蓬莱君にも、夢はある?」    *  ほんの数秒だけ目が合う。胸の鼓動が早くなる。  その瞬間──俺は咄嗟(とっさ)に嘘をついた。 「俺は……医者になるのが夢だ」  自分の意志がどうであれ、まがいなりにもウチは医者の家系。医者になりたいと言えば、秀才っぽくてカッコよく見えるだろう。そう思って──彼女が喜びそうな理想に化けた。  そして、その予想は案の定、当たった。 「お医者さん?!すごっ──今日も勉強の為に残ってたの?」 「へっ?あぁ〜まぁ……そんな感じ」 「頭良いんだね──尊敬するなぁ。きっと私には見えない景色が見えてるんだね」 「いや、そんな大それたもんじゃないけど……」  どうしよう。  彼女のご機嫌が取りたくて化けたのに、彼女の見せる笑顔がむず痒く感じる。無意識に机の上に取り出したのは、漫画ノートではなく東大の赤本。こんなのパフォーマンス以外の何物でも無い。 「蓬莱君のこと知れて嬉しかったよ。ただ内気(うちき)な男の子なのかなって思ってたからさ」 「咲優ちゃんは逆に飛ばしすぎだよ。先生に派手に怒られて、教室中から注目されて……おまけにクラス会にも行かないし」 「それは蓬莱君も同じでしょ?」 「まぁ、そうなんだけど──」  そんな会話を交わして、ふふっと笑い合う。不覚にも楽しいと思ってしまった。  たとえ仮初(かりそ)めの姿だとしても、優等生と漫画家の二重生活で感じる息苦しさから解放される。本音じゃないけど、本音をさらけ出せている感覚に包まれた。  それからまた少し会話した後、彼女は「そろそろ帰ろうかな」とカメラをしまう。一緒に下校したい気持ちにも駆られたが──漫画を描く時間も大事にしたい。「俺はもう少し勉強していくよ」と再び嘘をつき、一人教室に残った。  おそらく人生で初めて感じた、異性に対するドキドキ。自然と口元も(ゆる)んでしまう。心なしか、ペンを握る手の動きも、少しだけ早くなった気がした。
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